番外編 引退後
・・・・やっと、お守から解放されたと思っていたのに、なぜ俺は今こんな事に巻き込まれているのだろう?
「さっさとその娘をこっちに寄こしな。そしたら痛い目には合わなくて済むからよ」
一体、なぜこんな馬鹿げたセリフに返事をしてやらないといけないのか。
その答えを求めるべく今自分の後ろにいる娘に目をやると、娘は目だけで謝罪をしている。
その姿に思わずため息が零れる。
「・・・・お前らこそ、痛い目を見たくなければさっさとこの場を立ち去れ」
と言って、立ち去ったものがはたして過去にいただろうか?
己の力を過信しすぎる上、自分の相手の力を見誤る奴らが立ち去るわけがない。
「な、なんだと!!なら、お望み通り痛い目みせてやらぁ!!」
そのバカバカしいセリフにまた溜息が出てしまった。
まったく、時間の無駄だ。こんな奴ら相手に剣を抜いてしまえば俺は自分自身を切り刻んでしまいたくなる為、かかってきた奴らを素手で叩きのめしてやった。
こういう奴らはトップがやられれば尻尾を巻いて逃げる。ならば、効率よくトップだけ狙えば時間を無駄にする時間が減る。
と、そうこうしている内に目の前のやつらはいつの間にか姿を消していた。
そして、後ろを振り返ると引きつった笑みでこちらを見上げる娘が立っていた。
「え、えへっ。ご、ごめんねぇ。クレイン」
その言葉にもっとも深いため息をついたのは言う間でもない。
現在、この国の王妃を務めているアリア様。昔から、城下に下りる事が好きでその都度、私が子守として影から付き添っていた。
正確には護衛だと言うが、わたしにとったら子守以外の何物でもない。
もちろん、王妃としての素質があり実際にこなしているのだから尊敬する対象ではある。そう、この国の王と結婚して子供も産んでここ数年落ち着いていたはずだったのに・・・・・。
「・・・・なぜ、また城下に出てきたのですか。アリア様?」
親しみと嫌味をこめてそう問えば返ってきた答えは斜め上の返事だった。
「ひさしぶりね!クレイン。あなたったら最近ちっとも城に遊びにきてくれないんだもの!」
さて、私はなぜここに来たのかきいたはずである。昔は聞いた質問の答え位返ってきたはずなのだが・・・。
「なぜ、ここへ?」
そう、私たちが今いる場所は路地裏の小さな店の前だ。
アリア様が王妃になり、私も正式にアリア様付きの護衛としてこちらに移住し、しばらくは護衛として働いた。
しかし、こちらの工芸品に魅入り護衛よりも商売の方が性に合っていると気づき護衛は引退し、今では王から賜ったこの店を営んでいる。
ちなみに、誤解のないように言っておくが、私はまだ35だ。決して隠居しているわけではない。
「だからぁ!クレインが姿を見せてくれないから遊びにきたのよ!さすがに息子までは連れてこれなかったけどね!」
・・・・息子まで連れてこようと思っていたのだろうか?
相変わらずのアリア様に思わず笑みがこぼれてしまった。
「とにかく、こんなところで立ち話も何だからクレインのお店に入りましょう?」
首をかしげながらさっさと店に入るアリア様はさながらこの店の主人だ。
私は溜息を飲み込み、しぶしぶアリア様の後に続いて店へと入った。
「元気だった?しばらく見ていないけど、相変わらずむさくるしい格好しているのね?騎士時代の様に綺麗に整えればいいのに・・・・」
ぶつくさとアリア様は一人でしゃべり始めた。しかし、いつまでもアリア様の独壇場にしておくつもりはない。アリア様の言葉が途切れたのをいいことに今度は私が口を開いた。
「ところで、その格好で城下に下りてこられたのですか?大体、国王の許可は貰ってきているのですか?その格好なら護衛もついているでしょう?そいつらはどこにいったのですか?いいですか?貴方はいい加減王妃としての自覚を持つべきです。そう簡単に城下に下りてきていい身分ではないのですよ!?」
彼女が私からの説教が嫌いなのは十分知っていた。毎回途中で逃げ出すのだから・・・・。
そのつもりで、今回も説教を始めたのに、今回ばかりはどうやら何か違うらしい。
にこにこと私の説教を聞いている彼女を見て、私は口を噤んだ。
「・・・ふふ、相変わらずね。クレイン」
にこにこと笑っているアリア様だが、説教を終えた途端雰囲気ががらりと変わった。
「・・・・本当のご用件は何ですか?」
今までのはただの挨拶だったのだろう。
彼女の雰囲気を読み取りそう聞くと、今度はちゃんと答えがあった。
「貴方にしかできない事を頼みに来たのよ。休暇は十分楽しんだ?」
「・・・・・私はちゃんと職を辞したと思いますが?」
彼女の言葉に引っかかりを覚えた。
「あら、そんなの受理した覚えはないわ。3年、ゆっくり休めたでしょう?そろそろ城の方に戻ってほしいの。今度はアイヴァンの護衛として。そして、剣の師として」
にっこりとそう言いながら微笑むアリア様の顔はしっかり王妃となっていた。
・・・・いつの間にか成長しているのだな・・・・・
守ってばかりの姫のころとは違う。いいや、あの頃も守ってばかりではなかった。自分から動く事が好きでこちらが困るくらいだったな。
「・・・・なぜ、私なのですか?他にも優秀な護衛騎士はたくさんいるでしょう?」
それこそ、師となりうるのであれば私よりも優秀な人材はこの大国にいくらでもいるだろう。
「あら、でも私やレオンに意見できるのは貴方くらいのものよ」
3年前にこの国の不正が明らかになって、この国の重臣達はほとんどが新しく変わった。だからだろうか、未だに国王に進言できるものは数少ない。
そして、数少ないうちの一人に数えられるのはあまり気分のいいものではない。
「・・・・ルイガ殿がいるではありませんか。彼なら私よりも腕もたつし国王にも進言できる」
何度かあった事はあるが、奴もいい加減食えない奴だ。
しかし、実力もあり頭も回る。奴なら十分次期国王の護衛となりうるだろう。
「ルイガはダメよ。今は宰相ですもの」
その言葉に私は唖然となった。確かに宰相はころころと変わっていたと聞いていたがまさかルイガが宰相になっていたとは思いもよらなかった。
「・・・あなた、本当に興味のない事はどうでもいいのね?昔は私より情報屋だったくせに・・・」
ぽつりと言ったアリア様の言葉に思わずグッと言葉に詰まってしまった。
確かにここ3年は耳に入る情報以外はどうでもいいと思っていた。今は守るべきものがなかったから・・・。
「・・・やっぱり駄目よ。こんなところで貴方が埋もれてしまうのはこの国の大きな損失だわ。さて、クレイン?この話受けてくれるわよね?」
その言葉に彼女の中ではもう決定づけられている事を悟った。
ならば、私の答えは一つだ。
「・・・・・また面倒事に巻き込むのですから、それ相応の見返りを期待してもよろしいのですよね?私を納得させられるものでないとお引き受けできませんよ?」
お久しぶりです!
と、言うほど久しぶりでもないのですが、息抜きにちょびっと書いてみました。
後日談
クレイン「まったく、あんなやんちゃ坊主のお守なんて引き受けるんじゃなかった。アリア様の時より大変だ・・・・」
アリア「あら、失礼ね!私はもっと大人しかったわ」
アイヴァン「クレイン!早く剣の稽古つけてよ!俺は母上を守れるくらい強くなるんだ!そしたら父上に内緒で城下を見せてくれるって約束したんだからね!」
アリア「ア、アイヴァン!!それは内緒だって言ったでしょ!!」
クレイン「・・・・・・」
アリアそっくりな息子が育ってます。
では、またお会いする時まで・・・・。