表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/19

9:メアリ夫人からの手紙

――親愛なるクラウス国王、および王兄ルドルフ様へ


このような形で私の人生の幕が引かれることが、

口惜しくて仕方ございません。


「私がクラウス陛下を階段から突き落とそうとした」というのは、

全くもって、事実無根の話でございます。


確かに様々な証拠が提示されましたが、それらはすべて、でたらめです。

使用人の供述も偽証です。

なのになぜ、私の言い分を信じてくださらないのですか?


私は、陛下とルドルフ様が幼き頃より、お仕えして参りました。

全身全霊をかけて尽くしてきたと自負しております。

それにも関わらず、この仕打ち。誠に耐えがたいものです。


残虐な行いを続けていけば、人民の心は離れ、この王国は必ずや滅ぶことになるでしょう。

私はその様子を、天からずっと、眺めております。


お二方に神の裁きが下るよう、祈りを込めて。


断頭台の傍らの独房にて      

  

     メアリ・ハザウェイ――



すべてを読み終えた瞬間、私はただ唖然とした。


昨夜の兵士様は、これをルドルフ様に渡す際、遺言書だと仰っていた。

しかし、これは遺言書というより「恨み状」だ。


城内の内紛めいたものは、一般の人々には知らされない。

国家の威信を揺るがすからだ。


先のメイドさんのように、噂レベルであれば出回るが、

実際のところどうなのか、はっきりしたことはわからない。


だけれど、この手紙を見る限り、今現在、城内で「何か」が起きていることは確実だ。

ここに書かれていることがすべて真実なのかはわからないけれど、

私は今、国家の底なしの闇を覗いてしまったような、そんな恐ろしさを感じた。


(こんな中で毎日暮らしていたら、気を張らざるをえないな……)


先程掃除をしにきた、メイドさん達の姿を思い出す。


彼女らは、自らの身を守るために、情報を絶えず交換していた。

楽しそうに話しながらも、どこかしら、張りつめるものがあった。


(そういうのって、私の屋敷だけだと思っていたのに)


そう、私の今まで暮らしていた屋敷も、皆が父の顔色を伺い生活していたため、

決して穏やかな空気は流れていなかった。

しかし、それは特殊なことなのだろうと思っていた。


通常はもっと皆、家の中ではくつろぎ、

心安まる生活を送っているものだと感じていたのだけれど。


(この国一番の豪邸であるはずの『お城』にも、

『平穏』というのは存在しないんだな)


そう思うと、なんだかむなしい気分が溢れてくる。

昨夜のルドルフ様の寝顔に刻まれた皺の意味が、少し理解できた気がした。


ルドルフ様がこの部屋にお戻りになられたのは、それから少し後のことだった。


私は籠の中で、彼のストールに身体を埋めながら、

日だまりの中うつらうつらとしていた。


が、扉の外からの足音が耳に入った刹那、緊張が走り、すぐさま顔を上げる。


ギィと音を立て、扉が開く。

そこには険しい表情を浮かべたルドルフ様の姿があった。


私は何があってもいいように、一応、身構える。

まぁ、身構えても怪我をしている以上は、逃げることもできないのだけれど。


しかし、彼はこちらに顔を向けた瞬間、表情を緩めた。

そして真っ直ぐ私に歩み寄った。


「先程はどうもすいませんでした。怖い思いをさせましたね」


そう言いながらルドルフ様は、デスク前の椅子に腰掛けると、

そっと私を抱き上げた。


「お詫びに、といってはなんですが、ミルクをもらってきました。

あと、白身魚を少々。お口に合うとよいのですが」


そう言って差し出された白身魚のほぐしたものに、私は衝動的に飛びついていた。

気を張っていたからか、今まで特に空腹を感じてはいなかった。

が、私の肉体はどうやら、パンの耳だけでは満足できないくらい、お腹をすかせていたらしい。


二つの小皿に入れられた魚とミルクを平らげた後で、

私はやっと我に帰る。


毒などは入っていないか、と今更ながらに思うが、もう考えても仕方がない。


ふと目線を上げると、そこには顔をほころばせる、ルドルフ様がいた。


「良い食べっぷりですね。子猫はやはり、そうでなければ」


口元に指先を当てクスリと笑う彼は、とても綺麗だった。

コバルト色の前髪はサラサラと揺れ、頬が、薄い朱に染まっている。


見惚れていると、ルドルフ様は「そうそう」と言いながら、

ジャケットの前ポケットから、何かを取り出した。


「包帯と当て木を持ってきました。

応急処置にしかなりませんが、ないよりはマシだと思います。

あとで獣医に見てもらう予定ですが、それまでは、こちらで」


ルドルフ様は私を再び抱き上げ膝に乗せると、そっと、手で後ろ足を握った。


「ニャッ!!!」


思わず大声を出す。ルドルフ様は「すいません!」と慌てて手を離した。


「ごめんなさい。もっとそっとするべきでしたね。

この辺り、でしょうか」


人差し指を立てたルドルフ様は、その腹で、今度は探るように優しく触れる。

数カ所を軽く押し、もう一度私が声を上げたところに、長細い木片を当てた。


「これで後は、包帯を巻いて……」


そう言ってくるくると包帯を巻き付けていく彼は、

どことなく手慣れているようにも見える。


初めてではないのだろうか、と疑問を持ちながらルドルフ様を見つめると。


「こう見えて、実は私、昔は獣医になるのが夢だったんです。

動物が好きでしてね。

城に来る前、私が一般民だった頃は、野山でウサギや小鳥を拾って、世話をしていました。

最近は全くもって、できていませんでしたが……。

だから、こんな機会をいただけて、光栄です」


彼は薄く微笑んでいた。


なんだか、心に描いていた疑問を見透かされていたようで、私はとっさに目をそらす。

代わりに「ニャー」と返事だけをしてみた。

一応、礼を言ったつもりなのだが、そこまで伝わっているかはわからない。


(やっぱり、こうやって一緒にいると、悪い人には見えないのだけれどな)


そっぽを向きながら、ちらりと横目で彼の様子を伺う。


私の心は昨日からずっと、このルドルフ様というお方をどう捉えるかで揺れていた。

油断してはならないと思う反面、

警戒心は知らず知らずのうちに緩んできていると感じる。


信じるべきか、疑うべきか。

日頃からあまり人と接してこなかったツケが、ここで顕わになっているなと思う。

普段から他人と交流していれば、人の見定め方もある程度は習得できていただろうに。


「さて、終わりましたよ」


ルドルフ様が、小さなはさみで包帯を切り、結ぶ。


「これで、『うっかり動かしてしまい怪我が悪化』などということはないでしょう。

気になるかとは思いますが、あまり舐めてはいけませんよ。

当て木がずれてしまいますから」


そう言って、彼が私の頬を撫でた、その時だった。


「入りますよ~?ルド様」


明るいな声が響くやいなや、扉が開かれる。

立っていたのは、体格の良い、朱色の髪を持つ青年だった。

初の長編連載です。

☆の評価等頂けると非常に励みになります。

今後ともよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ