7:城下の噂
朝、柔らかい光が瞼をかすめ、そっと私は目を開く。
窓の外からはピピピと小鳥の囀る声が聞こえてくる。
私は腕でゆっくりと上半身を持ち上げ、立ち上がろうと足に力を入れた。
が、とたんに、痛みで再びベッドに伏せる。そして我に返る。
そうだ。私は今、猫だった。
そして私は、後ろ足に怪我をしているのだった。
もう一度そっと上半身を起こし、お座りのポーズをとりながら辺りを見回す。
ここはベッドの上。部屋は広くで豪華。見慣れたアルハイム家の自室ではない。
(昨日の出来事は、夢じゃなかったんだ……)
人間の姿であれば頬をつねりたいところだが、それは叶わない。
が、昨夜のことははっきりと覚えている。
私は残虐公、ルドルフ様に拾われた。
そしてここは彼の部屋。
しかし、その姿は、今のところ見当たらない。
すでに起床され、どこかに行かれたのだろうか。
(それにしても、久々によく寝た気がするな……)
私は大きなあくびをしながら首を回す。
この二日ほど、ろくに眠ってなかったとはいえ、
残虐公の部屋でここまで熟睡してしまったことに、我ながら呆れる。
ルドルフ様は、今のところ、私に大変優しい。
だけどそれがずっと続くのかどうかは、今のところ未知数だ。
「猫狩り」の噂もあるし、
昨晩のことだけで彼を完全に信用しきってしまうのは、時期尚早な気もする。
にも関わらず、私は彼の側で、無防備にも寝入ってしまった。
こういう無神経さが、父を苛立たせる要因の一つなんだろうなと、
私は軽くため息をついた。
さて、これからどうすべきか。
そう考えた時、扉の外から女性数人の声が聞こえた。
「さっきのルドルフ様のお姿、見た?」
「自分の家庭教師を殺したにもかかわらず、今朝も何一つ、お変わりなかったわね」
「やっぱり、ルドルフ様には冷たい血が流れているのよ」
それらの声は、決して大きいものではないにも関わらず、
私の耳にははっきりと聞こえてきた。
そしてそれらは、足音とともに徐々にこちらに近づいてくる。
私はとっさに、ブランケットの下に身を潜めた。
ガチャンと両開きの扉の開く音がする。
私はそっと、顔をブランケットから覗かせてみた。
入ってきたのは、三人の女性達だ。
格好から推察するに、メイドさんだろう。
「しっかし、それにしても多過ぎよね。王族関係者だけでも、今年で十人目だなんて」
「ねー。先代の王の時なんて、罪人を含めても一年に一人処刑されるかどうかだったのに」
「まぁ、先代がお優しすぎたってのもあるけれどね」
そうしゃべりながらもメイドさん達は、テキパキと行動していた。
一人が窓を開け、一人が暖炉の炭を鉄の棒で整理している。
「処刑は、次期王に指名されなかった腹いせらしいけれど、
それにしてもどうなの、これ?本当に誰も止められないのかしら。
王はまだ十歳だし難しいだろうけれど、トレド大臣あたりなら、可能じゃない?
実際に政治を行っているのは大臣でしょう?」
「やだ、知らないの?
確かに政治の仕事は大臣が取り仕切っているけれど、
法務はルドルフ様に任せるって、先代王の遺言にあったのよ。
その遺言書には、血判書って言うの?一同が誓いの署名と血判を押してるらしいわよ。
大臣は確かに、先代王の従兄弟君だし、家柄も実力も申し分ないけれど、
そんな誓いを立ててたら、口出せないでしょ? 越権行為になっちゃうし」
そう返事をするメイドさんが、タオルを洗濯籠に詰めてバスルームから出てくる。
話している内容とその風貌からして、彼女が一番のベテランのようだ。
「そうなんだ!
私、てっきりルドルフ様が自ら買って出て、
無理矢理王の後見役をやってるんだと思ってたわ!
だって、次男の後見役に腹違いの長男をつけるなんて、
争いの火種を巻いているようなもんじゃない!」
「そこがまた、先代王の優しすぎるところなのよ。
普通は正妻に子供が生まれたら、公妾の子は修道院送りってのが常でしょ?
でも、王はそれができなかったのよ。
ルドルフ様のお母様が、お亡くなりになってるのは知ってるでしょ?
それもあって、王はルドルフ様に変に情をかけていたらしくてね。
街で暮らしていたところを、わざわざ城に招き、役職をつけたのよ」
「そーなんだぁ。ってか、あなたなんでそんなに詳しいわけ?
私と一緒に城に入ったから、まだ働いて数ヶ月でしょ?」
(数ヶ月……、ベテランじゃなかったんだ)
私は一人、驚く。
すると、「ベテラン感あふれるメイドさん」は、胸を張り、告げる。
「弟が、城下町にある酒場の店主なのよ。
城の噂についてなら、なんでも聞いてちょうだい!」
得意げな様子がなんだかおかしくて、私は口元を上げる。
が、油断をしていたその時だった。
ベテラン風メイドさんは、タオルの入った籠を置き、ベッドのブランケットの角を持つと、
勢いよく引っ張った。
おそらく、ベッドメイキングのためだろう。
え、と目を見開くが、時すでに遅し。
ブランケットはベッドから引き剥がされ、私の身体が白日の下に晒される。
「え、猫?!」
ベテラン風メイドさんが叫ぶ。
後の二人も慌てて駆け寄ってきた。




