6:残虐公の憂鬱
部屋の前には、メイドさんが立っていた。
彼女はこちらに一礼した後、扉を開ける。
彼は通り過ぎざまに、「もう下がってもよいですよ」と、彼女に命じた。
肩越しにメイドさんに目をやると、
彼女は少しだけ顔を上げ、いぶかしげな表情で私を見つめていた。
なんだろう、あの表情は。
これから殺されるであろう私を哀れむ目つき、ともとれるが、
どちらかといえば、困惑したような顔つきのように感じた。
そんなふうに思考を巡らす間に、部屋の扉は閉ざされる。
室内には、すでにランプが灯っていた。
暖炉にも火が入れられている。
先ほどのメイドさんが火の番をしていたのだろうか。
青年は、私のわきに手を入れ持ち上げると、ベッドへ下ろした。
そして、出窓のそばに置かれていた籠を手に取り、中にブランケットを入れる。
「今日の寝床はこちらでどうでしょうか?
先程うずくまっていた場所よりは、幾分安全ですよ」
そう発する彼の声色は、街で出会った時と同じく、優しいものに戻っていた。
が、私は警戒しながら彼の表情を伺う。
「どうしました?さっきはあんなに力を抜いていたのに。
……まさか、先の兵士との会話を、理解しているのですか?」
そう冗談めかしに笑いながら、青年はこちらに手を伸ばす。
何をされるのか、と思い、ぎゅっと目を閉じた。
しかし彼は、そっと私の頭に手を置いただけだった。
「子猫にまで恐れられるなんて、私の名もずいぶんと通ったものですね。
打ち明けてしまえば、そう、私がルドルフ。
ちまたで『残虐公』と恐れられている者です」
そう言って彼はベッドに腰掛けると、私を膝の上に置いた。
「先程の兵士長の言葉を聞いたでしょう?
私は今日、メアリという女性を処刑しました。
私の家庭教師をしてくれていた者でした。
優しくて、知的な女性で、私も慕っていたものです」
彼は、独り言をつぶやくかのように、窓の外に目をやりながら語る。
「そんな彼女がまさか、あんな事件を起こすなんて、思いもしませんでした。
私には、未だに信じられない。しかし、これは事実なのです。
だから処刑した。そうせざるをえなかった」
そして、ふぅと大きなため息を付くと、背中からベッドのマットに倒れ込んだ。
「ですが、今回ばかりは、こたえました。
部屋でじっとなど、していられらなかった。
だから、あなたが側にいてくれて、助かりました。
一人ではとても、耐えられなかった……」
そう言いながら彼は、私の頬を繰り返し撫でる。
「あなたも怪我をしていることですし、しばらくここに住まわれてはいかがですか?
餌もあります。温かい寝床もあります。だから、ね?」
寝そべりながら彼は、細い目をより一層細める。
「あなたがいると、なにより私が助かるのです。
近頃疲れているようで。ですから、どうか」
話しながらも、その語尾は段々と弱くなっていく。
私を撫でる手も止まる。
目線をやると、彼はすでに眠っていた。
ブランケットも掛けず、一人、スウスウと寝息を立てている。
そんな彼の頬に、窓から入ってきた月の光が差す。
コバルト色の髪に、透き通るような白い肌。
(この人が、残虐公、ルドルフ公爵様……)
彼を初めて見たわけではない。
城のバルコニーで行われた現王、クラウス陛下の戴冠式の時に、
彼らしき方を見かけた記憶はある。
しかし何分、聴衆の一人として遠目で眺めただけだったので、
彼がその方であることに気がつかなかった。
そっと身体を起こし、彼の顔のあたりまで近寄ってみる。
端正な顔立ちではあったが、寝顔にはどこか、まだあどけなさが残っている。
弟である少年王、クラウス陛下は十歳だ。
兄は八つほど上と聞いていたので、ルドルフ様は十八、九歳といったところだろうか。
(私と同い年くらいなんだ)
そう思った瞬間、少しだけ頬に熱が灯る。
同世代の異性の寝顔を見るだなんて、生まれてこのかた、経験がない。
どころか、ここ数年、男性と話した記憶すらない。
社交パーティに私はいつも行くことができなかったし、
屋敷の使用人さん達は、皆私によそよそしかった。
もちろん、男友達なんてものもいない。
もう一度、ルドルフ様の顔に目をやる。
眠っているにも関わらず、その眉間には薄い皺ができていた。
どこか疲れたような、表情。
そんな彼の顔をじっと見つめながら、
私もいつの間にか、ゆっくりと眠りの底へと落ちていった。




