59:ポラリス
それでも彼女は、言葉を続ける。
「今更、父親づらをしないでください、お父様。あなたは、私を捨てた身でしょう?」
声を震わせ、彼女が叫ぶ。
その様子は、ゼストに怯えているようにも見える。
それでも彼女は、彼から目を背けず、真正面からその大きな風体をにらみつけていた。
「そこを退いてください。私は今から、行くべき場所があるのです」
「そんなこと言わないでくれ。コレット。私はおまえの、たった一人の父なのだから。一緒に屋敷に帰ろう。そして、魔術の研究をしよう。おまえの今の実力じゃ、魔術騎士に……いや、次期魔術学会会長の座ですら、狙えるぞ!!」
「今更、父親づらしないでって言ったでしょう?!」
猫なで声の父親を一蹴すると、彼女は私を握る手と反対の腕を空に掲げる。
そして告げる。
「これは命令です。今すぐその場から立ち去りなさい。さもないと、この稲妻があなたの身を貫きますよ?」
上げられた手には、バチッバチッと火花が散っていた。
最初は余裕の表情を浮かべていたゼストだったが、その火花が大きくなる毎に、徐々に顔色を変えていった。
「……冗談だろう?コレット」
「冗談ではありません」
「や、やめろ、コレット。私は……」
「早く、退きなさい」
「で、でもコレット、一度話さないか?おまえの」
「早く」
「落ち着け、話をすれば」
「退けっ!!!!!!!」
瞬間、稲妻が一筋の線となり、その手から放たれた。
少女の手から離れた稲妻は、閃光一筋一筋が絡み合いながら、真っ直ぐゼストの身体を襲う。
「や、やめろぉぉぉぉ!!!!」
彼は、叫びながら両腕で顔を覆った。
その、あまりの眩しさに、私も思わず目を閉じる。
が、再び瞼を開いた時、その目に映ったのは、頭頂部の髪が少し焦げたゼストの姿だった。
どうやら閃光は、彼を少しかすっただけで、その後空へと消えていったらしい。
彼は目を見開きながら、同時に地面にへたり込む。
娘の思いも寄らない行動に、腰が抜けた、といった感じだ。
ゼストは頭の上から煙を出しながら、呆然とした面持ちで宙を見つめている。
「行きましょう」
少女は短く息を吐くと、そのまま私の手を引き、彼の横を素通りする。
私は彼を横目で見る。
ゼストはこちらを目で追うでもなく、まるで抜け殻のように、虚空に視線をさまよわせていた。
ここまで娘に言われたのだ。
おそらく、彼女と彼の間には、長年に渡る大きな軋轢があるのだろう。
「あなたは、私を捨てた身でしょう?」という言葉は、その片鱗を感じさせる。
ここで私は、先の二人の会話を振り返り、ん?と引っかかる。
(先ほどゼストは、彼女のことを、「呪いで猫にされた」と言ってなかったか……?)
思考が巡る前に、私は彼女に連れられて裏門を抜ける。
歩いて行った先に見えたものは。
「……ウィル?!」
そこにいたは、結った赤髪と片手を揺らす、友人の姿だった。
「ほらっ、ほらっ!!!早く乗ってください、ルド様っ!!!!」
彼は満面の笑みで手を振る。私たちは彼に押し込まれるような形で馬車に乗り込んだ。
「いや~!!しかし上手くいったなぁ!!!!すごいぞ、ねこすけ!!!!!!」
ウィルは、彼の向かいに座った彼女の肩をパシンと叩いた。
「いえ……、そんな……。皆さんのおかげです。あとは、エドガーが無事であれば」
「大丈夫!あのおっさんなら心配いらないって!殺しても死ななそうだろ、あの人」
ウィルはそう言いながら、御者に出発の合図を送る。
この会話から察するに、二人は「親しい友」といった間柄であろうか。
「エドガーが戻ったら、今夜はパーティだな。祝杯を上げよう。なぁ、ルド様っ!」
急に話を振られ、私は思わず、否定をするように手を振る。
「な、今そんなことを言っている場合なのですか?」
「そうですよ。ルドルフ様はお酒が苦手で、ワイン一杯飲んだだけで眠くなられるのですよ?」
つっこみどころが違うようにも思えたが、そう少女が言ったところで、私は彼女を見た。
彼女自身も、自らの発言の意味に気がついたのか、「あっ」と口を押さえ、目を見開く。
「……なぜ、私がお酒に弱いことを、知っているのですか?」
「それは、その……」
少女は急に口ごもり、下を向く。
顔は赤く、今にも湯気が立ち上りそうだ。
私は、今までの彼女の発言と行動を整理する。
呪いで猫にされたという言葉、私のことを知っている風な発言、そして、腕に光る八芒星のチャーム。
深呼吸をした後、そっと尋ねる。
「あなたは、その……本当にポラリス、なのですか?」
彼女がきゅっと唇を噛む。
ウィルも口を真一文字にして、押し黙ったままだ。
しばらく続く沈黙。
しかし、その後に少女は、静かに口を開いた。
「……すいません、ルドルフ公爵様」
そして顔を上げ、私に目を合わせて、告げる。
「そうです。私は、あなたに拾っていただいた、猫の、ポラリスです」
今回も、ここまでお読みくださりありがとうございました。
物語も佳境です。
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