58:ゼスト・アルハイム
兵士に連れられて上った階段を、今度は少女と共に駆け下りる。
私はふと、繋がれた手に視線を向けた。
彼女の右手首に揺れている物には、見覚えがある。
(……これは)
そう、それはまさに、私がポラリスにプレゼントした、八芒星のチャーム付きリボンだった。
「なぜあなたが、これを……?」
思わず疑問が口を突く。
しかし彼女は、私の問いには答えず、石畳の廊下を走った。
「確か、こちらが裏口への出口ですね?」
私は「そうです」と頷く。
が、なぜ彼女は迷うことなく、城内を駆けられるのだろう。
見張りの兵も使用人もいない。
バルコニーでの「ショー」に人が取られているとはいえ、ここまで人に出くわさないことにも違和感がある。
城の裏口まで辿り着いた私たちは、扉を開け外に出た。
芝生を駆けながら、彼女は言う。
「裏門に、馬車を準備しています。それに乗りましょう」
私が口を開こうとした時、前方に人影が見えた。
それは一人の男性で、裏門の前に仁王立ちになっている。
まるで、私たちを迎え撃つかのような姿勢だ。
脱走を阻止しようとしているのか、と、一瞬身構える。しかし、彼の第一声は意外なものだった。
「コレット!素晴らしいじゃないか、先程の魔術は!!」
彼は興奮気味に叫び、手を広げながらこちらに歩いてくる。
その男に、私は見覚えがあった。
ゼスト・アルハイム。
魔術師、アルハイム家の当主であり、我が国の魔術学会会長でもある。
瞬間、少女はピタリと足を止める。
そういえば彼女は、自らを「コレット・アルハイム」と名乗っていた。
アルハイムというからには、彼女も一家の一員なのだろうか。
しかし、ゼスト・アルハイムには、リネットしか子はいないはず。
などと考えている間に、ゼストは満面の笑みで少女の目の前に立ちはだかった。
「呪いで猫の姿にされていたと思っていたが……、呪いも自分で解いたのか?それにあの魔術。すごいじゃないか!あのように魔力を調整して自在に操るなんて、かなりの熟練者でも難しい。さすがは我が娘だ!」
彼はそう言いながら、彼女にパチパチと大きな拍手を送る。
今の状況を全く鑑みず、ただただ彼女を褒め称えるゼストに、私は一種の不気味さを覚える。
というのも、先のバルコニーでの光景を見たのであれば、普通はもっと慌てふためくだろう。
それに娘が関与していたとなれば、なおのこと平常心ではいられない。
しかし、今のゼストは、彼女の突然の登場も、死刑の中断も、トレド大臣の告白でさえも、まるっきり眼中にないといった感じだ。
ただ彼女の魔術についてのみに着目し、絶賛している。
訳が分からず立ちすくんでいると、ギュッと、手が握られた。
私を連れて、ここまで引っ張ってきてくれた彼女。
しかし彼女の手は、先の場面以上に熱を帯び、汗ばんでいる。
そして、少々震えているようにも見えた。
大丈夫だろうか、私が何か声をかけようとしたところで。
「近寄らないで!!!!!」
少女がゼストに向かって声を張る。
見ると、彼女は顔面蒼白で、唇は小刻みに振動していた。
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