56:光が差す時
(……そういえば、あの事件については結局、陛下を追求することができなかったな)
私は強く唇を結ぶ。
猫狩りの調査は一通りは済んでいた。
トレド大臣が「ストレス発散に」と野良猫を渡したのが始まりであったこと。
彼は陛下に悪趣味な遊びを教えることで、陛下をも「残虐王」として仕立て上げようとしていたこと。
その「悪趣味な遊び」に思いのほか熱中した陛下は、虐待をエスカレートさせていったこと。
陛下の家庭教師であったメアリは、その歪んだ趣味の責任を「おまえの教育のせい」と大臣から詰められ、結果、半狂乱状態で殺人未遂を犯したこと。
私は、いつかそれらの罪を追求し、陛下を正しい道に引き戻さねばと考えていた。
しかし、考えあぐねているうちに、時はすでに取り返しのつかないところまで来てしまっていた。
人の処刑を、嬉々として見学できる。
そこまで彼は、歪んでしまっていたのだ。
誰のせいだ?と問われれば、その責任の一旦は、私にも少なからず、ある。
彼の心をかき乱し、放置した罪。
思い返せば、私の人生は、罪だらけだったのかもしれない。
自分の愚かさには、苦笑するしかない。
私は今日、死刑になるべくして死ぬ。それは自然の成り行きのようにも思えた。
「これより、ルドルフ・フォード公爵の、死刑執行を執り行う」
家臣の一人が、バルコニーの前に出て、民衆達に叫ぶ。
彼らは一斉に歓声を上げる。
私は、断頭台の前へと押し出された。
見上げると、空は快晴。
首切り刃も、青空を背景に白く輝いている。
美しい空だ。
見ることは叶わないが、おそらく、今夜は星が綺麗だろう。
そういえば、ポラリスと最後に見た星空は、本当に本当に綺麗だった。
あの日から私は、夜空を眺めてはいない。
「公爵様、何か言い残すことは?」
後ろの兵が尋ねる。
言いたいことは、一応あった。
亡き父母への懺悔。
自らの過去への悔恨。
友への謝罪。
しかし、私は静かに首を振った。
悪人は悪人として死ぬのが相応しい。
今更秘めた思いを吐露したところで、場がしらけるだけだ。
フォード王国のため、この国に渦巻く負を全て、私が共に、持って逝こう。
それが、私にできる最後の責務だ。
上から頭を押され、その場に跪く。
兵士の一人が、断頭台の横から垂れ下がる綱を手に取った。
金具を外し、彼が手を離せば、刃は落下し、私の首を飛ばす。
私の頭を掴んだ兵が、スッと息を吸う。
私の首を、台の上に押しだそうとしているのだろう。
私は覚悟し、そっと目を閉じる。その、瞬間だった。
――だめ
どこからか、声が聞こえた気がした。知らない少女の声。
だけど、なぜか、どこか懐かしい。
――駄目です
その声は、民衆の罵詈雑言が行き交う中でも、なぜかはっきりと私の鼓膜を揺らす。
――ルドルフ様、生きることを諦めないでっ
思わず、目を開ける。その瞬間、後方からバンとけたたましい音が鳴る。
「誰だっ!!」
兵達が叫ぶ。
が、刹那、目の前に一筋の閃光が走った。
「ぐっ」という声が響くと同時に私を掴んでいた兵の手が離れる。
何事かと思い、私は振り返る。
後方にいたその兵士は、床に倒れ込んでいた。どうやら気絶しているらしい。
「あいつを捕まえろ!」という叫びが聞こえる。
兵達はすぐさま、私を置いて後ろへと駆けだした。
しかし、再び宙に閃く火花に、兵達は次々と倒れていく。
辺りは煙が立ちこめ、一体何が起こっているのかも見当がつかない。
私が唖然とする中、灰色の煙の中から、一人の人物が、颯爽と飛び出てきた。
こちらに駆け寄り、私の目の前で足を止める人物。
それは、十六、七歳くらいの少女だった。
琥珀色の髪を肩のところまで伸ばした彼女は、落ち着いたグレーのワンピースを翻し、私を真っ直ぐ見下ろした。
彼女の後ろから光が差す。
それは彼女の髪に透け、星屑のようにきらめいて見えた。
まるで、舞い降りた女神のように。
「……あなたは?」
彼女を見上げながら、そっと声を絞り出す。
彼女はふわりと笑みを浮かべ、薄い唇を開く。
「私の名はコレット・アルハイム。またの名を、ポラリス。
……あなたを、心より愛する者です」
今回も、ここまでお読みくださりありがとうございました。
この投稿は、今回のシーンを誰かに読んでほしくて、そんなエゴから始めたものでもあります。
こんなところまで長々と、読んでくださった方がいる、というだけで、本当に感無量です。
あなたのおかげで、私は書き続けることができます。
本当に、本当にありがとうございます。
物語はあと少しで終わりを迎えますが、引き続き、最後まで見ていただければ幸いです。




