54:転落
「坂から転がり落ちるように」なんて表現があるが、お母様の死をきっかけに、私たち「家族」の行く末は、まさにその言葉通り、徐々に傾き始めた。
まず、父である国王陛下が病に伏せた。
お母様は元々、陛下よりずいぶんと年下だった。
なので、陛下は妻に先立たれるなんてことを想定していなかったのだろう。
その落ち込みようは尋常ではなく、お母様の死から数ヶ月後には、職務に立てなくなった。
陛下が一番気にかけていたことは、お母様と同じく、この国の今後だった。
順当に行けば、陛下の次に王位に着くのは正妻の子であるクラウス王子。
しかし、幼い彼が一人でこの国を治めるのはほぼ不可能だ。
かといって、敵の多い私が王位についても、おそらく国は回らない。
一旦王位をトレド大臣に、という案もあったようだが、血筋と政治手腕はさておき、彼のことを信頼しきれない気持ちが陛下のどこかにあったのだろう。
死の間際に国王が出した結論は「クラウス王子を次期国王とし、私とトレド大臣がその後見役となる」というものだった。
陛下の病室に私たちおよび重臣達は集められた。
そして、彼の命の元に血判書を書いた。
クラウス国王の名の下に、彼を支え、国のために尽くしていく、という誓い。
私自身は、お母様の亡くなった時から、その決意を胸に秘めていた。
そのため、公の元で宣誓しても、自らの思いは今までと何も変わらない。
国王の葬儀の後、クラウス王子、もといクラウス陛下は、私の服の裾をつと、引っ張った。
「お兄様は、これからも、ずっと僕の傍にいてくれますか?」
この頃の陛下は、以前のように敵対的な態度を私に向けることはなくなっていた。
おそらく、お母様やお父様が、死の直前に十分言い聞かせてくれたのだろう。
「何をおっしゃるのです、陛下。当たり前ではありませんか」
そう言って頭を下げると、陛下は泣き笑いのような、複雑な表情を浮かべて頷いた。
しかし、事はそう簡単には運ばなかった。
少年王の誕生に、家臣も国民も最初こそ湧いたが、月日を経るごとに、その熱はどんどん冷めていった。
近隣諸国は、いまがチャンスとでも言うように、フォード王国に対して強きな態度を示した。
不平等な貿易条約を飲まされたり、国境近辺での諍いが増えたりした。
そのたびに、最終的に不利益を被るのは下々の民であり、結果、王国に対する支持は徐々に下がっていった。
それと並行して上がるのが、犯罪率だ。
国の混乱と共に、政治犯、凶悪犯の数は増える。
私は、国家公安を任された身として、その者達を厳正な態度で処罰した。自らの役割を全うしなければならないと、職務を淡々と遂行した。
私は元々、その出自ゆえに内外からの風当たりが強い。
しかし逆に私は、それが自らの責務に合っているのではないかと思った。
私が汚れ役に徹することで、皆の不満は陛下から逸れる。
そうすることで、私は結果的に国を支え、亡き父母の希望に沿えるのではないかと考えていた。
私のこのような態度を、トレド大臣をはじめ、私に敵意を向ける者達は利用しているようだった。
誇張されたイメージは巷を駆け抜け、私はいつからか「残虐公」と呼ばれるようになっていた。
しかし私は、それでもよかった。不特定多数にどう思われようが、私の気持ちは揺るがない。
私には、友と呼べる家臣、ウィルもいたし、ショーパブには信用できる人たちもいた。
それだけで十分だ。
私の責務は、陛下を支え、フォード王国を支えていくことだ。
それ以外のものは何もいらない。その思いだけで今日まで生きてきた。
しかし、その考えが甘かったのだ。
気がつけば、外堀は完全に埋められ、足下は完全に揺らいでいた。
いつの間にか、陛下が私に向ける眼差しも、昔のような、憎悪の籠もったものに戻っていた。
私は一体、どこで間違えてしまったのだろう。
「ルドルフ・フォード」
地下牢に、私の名を呼ぶ声が響く。
私は静かに顔を上げ、鉄格子の外に目をやった。
そこには鉄兜を深くかぶった二人の兵士が、槍を片手にこちらを見つめている。
「死刑執行の時間だ。立て」
兵士が、温度のない声でそう告げた。
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