51:秘策
(これは……?!)
事態を飲み込む前に私は、咄嗟に床を蹴り、小屋のドアを勢いよく開いた。
そのまま葦の茂る沼地のほとりまで走ると、立ち止まり、一旦呼吸を整えた。
(大丈夫。落ち着いて。今なら、できる。絶対に……)
目を閉じる。そして、身体を巡る血液すべてに、その熱を取り込み、運ぶよう指示をする。
ルドルフ様の苦しみ、悲しみ。
それらをすべて蹴散らしてしまうくらいの熱を、私の掌一点に集中させて。
「どうしたんだよ、コレット嬢、いきなり」
追ってきたのか、後ろからエドガーの声がする。
が。返事をする前に、私は静かに唱える。
――この世のすべてを浄化せよ、その閃光で闇を裂け
刹那、手の平の温度が急激に上がる。
私は目を見開くと腕を水面に上げ、その熱の全てを体から絞り出すように、掌から放った。
その瞬間、稲妻が宙をほとばしり、いくつもの火花がぶつかり合い、はじけ飛ぶ。まぶしさに、私は一瞬目を閉じる。
そして、おそるおそる開いた、その目の前にあったのは。
「こ、コレット嬢、君……」
エドガーが言葉を溢す。
水面の先にあったのは、先程まで青々と茂っていたはずの葦たちだった。
それらはすべて、真っ黒に焦げ、朽ちている。
一本や二本ではない。視界一体の葦が、すべて焦げている。
「なんだ今の?!ねこすけは魔術が使えないんじゃ」
ウィル様がそこまで言いかけたところで、エドガーが彼の肩をバシバシと叩く。
「ここにはな。まだ諦めていない人間がいるってことだよ。なぁ、コレット嬢?!」
そう言って、エドガーは得意げな表情で私に目配せする。
「おまえ……。魔術を練習するために、この呪術師の元に来たのか?」
ウィル様は私の前に駆け寄ると、両肩を掴み、軽く揺らす。
その驚愕に満ちた表情の奥に、微かな期待が満ちているのが分かる。
私は彼の目を見て、頷く。
見たこともない自分の魔術に驚き、心臓がけたたましく鳴り響いている中、私は自分を奮い立たせる意味でも言った。
「ウィル様、力ずくではありますが、この力があれば、ルドルフ様を奪還できると思いますか?」
彼もまた、頷く。
「あぁ、できる。きっと、いや、絶対っ!!!!」
が、瞬間、何かを思い出したように眉を寄せる。
「あ、でも、奪還できたとしても、また捕まりゃおしまいか。ねこすけの力は急襲には使えるが、うちの魔術騎士が集団でかかってくれば、少し危ういかもしれない」
あ、と私はここで初めて気がつく。
奪還という、目先のことだけを考えていたけれど、その後の事も考慮しなければならない。
黙り込む私たち。そんな中、エドガーが口を開く。
「君たち、俺の存在を忘れてない?世界をも統べる予定の天才呪術師、エドガー・ロウ様だよ?」
「……あんた、何かできるのか?」
ウィル様が視線を向ける。エドガーはふっふっふっと、意味ありげに笑った。
「コレット嬢、俺、前に言っていただろう?君を猫にする前に、呪術の実験として、薬屋のオヤジを呪った話。あの時俺は、好きなときに奴に屁をさせることができる、って言っていただろ?」
私は記憶をたどる。そういえば聞いた気がする。不憫な薬屋の男性の話を。
「前回のそれは、いわば、対象者の『尻の穴』を俺がジャックしていたことになるんだけども、その応用でな。対象者の『口』を数十秒、ジャックできる呪術を編み出したんだ」
「口を、ジャック?」
私とウィル様が口を揃える。
エドガーは得意げに続けた。
「簡単に言うとだな。俺が呪いの対象者と目を合わせれば、数十秒間、俺は相手の『口』を自在に操れる。つまりは、相手に好きな言葉を言わせることができるってわけだ。まだ実験途上ではあるが、この呪い、使えると思わないか?」
不敵な笑みを浮かべるエドガー。しかし私は未だにピンとこない。
「それはどういう……」
「ん~そうだな。分からなければ分からないままでいいよ。残虐公を助け出す時のお楽しみってことで。とにかく、そこについては心配ないから、キミは自分の思うようにやればいい」
そしてニヤリと笑いながら、
「それでは、作戦を練ろうじゃないか。かわいそうな公爵様を奪還するための、超絶スペシャルな作戦を」とつぶやいた。
今回も、ここまでお読みくださりありがとうございました。
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