47:今こそ魔術を
目を開くと、そこには見慣れない天井があった。シミがいくつも着いた、やや薄汚れた天井。
「……ここは?」
そっと首を傾ける。ここはどうやら、ベッドの上のようだ。
私は身体を起こそうと、いつもどおり前足の爪でシーツを引っかける。
が、布は引っかからず、するりと手を抜ける。
おかしいと思い、ふと、手先を見る。
と、いつもあったはずの鋭い巻き爪もグレーの毛も、すでになかった。
かわりにあるのは、細く白い、指先。目線を下げていくと、その先には手の甲が。
そして手首には、八芒星のチャーム付きリボンが巻かれている。
(どうしてこんなところにリボンが……。これは確か、首に巻いてもらったはずなのに)
そこで初めて、気がつく。
「私、人に戻ったの……?!」
思わず、ブランケットを飛びのけ、身体を起こす。
瞬間「目ぇ覚めたか!!!!」という叫びが起こる。
同時にエドガーは、床につまずきながらもこちらに駆け寄ってきた。
「いーやぁ、コレット嬢。よかったぁ~、無事目覚めて!おまえさん、この一週間ずっと眠り続けててたんだぜ!もう俺、このままおまえが目を開けなかったらどうしようかと心配で……」
エドガーは、ベッド脇のスツールに腰掛けると、腕に顔を埋め、泣くような素振りを見せた。
「あ、その、すいません……。ご心配をおかけしました」
私が頭を下げると、エドガーは首を振った。
「いやー。しっかしびっくりしたよ。いきなりやってきたかと思えば、そのまま家の前で倒れ込んでさぁ。ベッドに運び込んで寝かせてみれば、もうその数秒後には人の姿に戻ってたんだぜ!!!
それにしても、戻った瞬間は全裸状態かと思いきや、そうではないんだねー。
ちゃんと服を着てた。ほら、俺が君に呪術をかけた時の、あの日のグレーの服。
つまり、君の服は、君の身体と一体化して猫の形を作っていたというわけだなぁ。一つ勉強になったよ。うん。あ、ちなみに、君の首に巻かれていたリボンは、人に戻った時にちぎれたみたいで、床に落ちていたんだ。だから手首に巻いてみた。どうだい?気が利くだろう?」
ペラペラと語る彼の話をぼんやり聞きながら、私は、ここに来てからすでに一週間経っているという言葉を、ようやく飲み込んだ。
と同時に、叫ぶ。
「一週間?!では、ルドルフ様はどうなったのですか?!」
「ルドルフ?」と驚くエドガーをよそに、私は立ち上がった。
が、まだ二足歩行に慣れておらず、よろめく。
エドガーは私を抱き留め、そのままベッドに座らせると、すぐに新聞を持ってきてくれた。
その一面を見て、私は言葉を失う。
――残虐公、ルドルフ・フォード公爵に死刑判決。執行は三週間後に
見る見る血の気が引いていく。エドガーはつぶやいた。
「……これは、昨日の新聞だ。一応、裁判は行われたらしいが、結審は早かったな」
「早かったって……早すぎじゃありませんか?だって、一週間でしょう?」
私は叫ぶ。エドガーは頷いた。
「ここまで早いのは、俺も知る限り初めてだ。残虐公、城内で嫌われてるんだろうなぁ」
「そんな!嫌われているからって、そんな……裁判は正当に行われたのでしょうか?!」
「さぁ……。俺たち一般市民が、それを知る手立てはないよ。それに、一度下った判決は、もう元には戻らない。ルドルフ公は、それを受け入れるしか」
そこまで彼が言ったところで、私は床に膝と手を付き、エドガーに向かって頭を下げた。
「え、エドガー、いや、エドガーさん!お願いです。私に魔術を教えてください。私、なんとしてでも、ルドルフ様を助けたいんです!」
突然の私の懇願に、エドガーは手を揺らし慌てふためく。
「え、あ、ちょ、なんで急に土下座してんの!!!頭、頭上げて!!!」
「上げません。私は、あの方から受けた恩を、何がなんでも返さねばならないのです。だから」
「待って待って、ちょっと落ち着けよ。まずは顔上げろ、顔!!」
彼は無理矢理私の腕を持ち上げると、そのままベッドの方へ放り込んだ。
私は柔らかいマットレスに尻餅をつく。顔を上げると、エドガーは腕を組み、私を見下ろしていた。
「いいか、コレット嬢。俺は呪術師だ。恨んだ相手をじっとり、ねっとり心理的に攻撃するのが俺のやり方だ。火を出したり、稲妻を起こしたり、そういう直接的な攻撃は不得手なんだよ」
「で、でも、あなたは父と魔術学校の同期生だったのでしょう?魔術学校を出ているなら、それなりに魔術もできるのでは?」
「確かに魔術は学んだよ?でも俺は生まれつき魔力の総量が少なかった。そのせいで、どんなに努力しても、魔術の分野ではゼストの足下にも及ばなかった。だからこそ魔術師から呪術師に転身したんだよ。そんな俺から魔術を学んだところで、得られるものは少ないんじゃないか?」
眉間に皺を寄せるエドガー。しかし、私は引けなかった。
「だからこそ、です。私はだからこそ、あなたから魔術を教わりたいのです。
あなたは、できない者の気持ちを知っています。言ってくれたじゃないですか?俺とおまえは同志だって。お願いします。できる範囲内でいいので、魔術を教えてください。私に、魔術の才能がないことは分かっています。今更特訓したって、できない可能性の方が高いことも分かっています。それでも私には、今、力が必要なのです。大切な人を守るための力を、私に与えてくださいっ」
私は必死でエドガーの瞳を見つめた。相対する私たちは、しばらく無言のままにらみ合った。
「……ったく」
エドガーは、頭を乱暴にかきむしりながら目をそらす。
「俺は魔術を捨てた身だ。どこまでできるか、保証できないよ?」
今回も、ここまでお読みくださりありがとうございました。
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