42:ショーパブにて
「この猫、一日中窓の傍でぼーっと外を眺めているよね」
背中越しに声が聞こえる。
この店の主であるおかみさんと、従業員の踊り子さんの会話だ。
「この子も寂しいんだろ。懐いていたルドと、急に離ればなれになっちまったんだし」
「でも、ここに来てからもう、数週間は経っているよね。ちょっと引きずりすぎじゃない?」
「それほど、ルドに愛着があったんだろうさ」
おかみさんは、「よっこらしょ」と大きな身体を揺らしながらロッキングチェアに腰を下ろす。
「そんなことよりあんた、ダンスの練習はできてんのかい?今夜、出番だろ?」
「そうだけど……。最近客の入り悪いからやる気でないんだよねー。ほら、どこも景気悪いでしょ?トレドのやつ、金持ちばっか優遇する政策して、うちら一般市民からは搾り取るだけ搾り取るんだから……。
あーあ。ルドがもし王様や大臣になってくれれば、もっといい政治をやってくれるんだろうけどなー。あいつ、貧民の生活を知ってるから」
「こらっ!しれっと批判めいたこと言うんじゃないの!誰に聞かれているかわからないよ!うちのパブは、お忍びで王族の方々が来られる時もあるんだから。口には気をつけないと」
「もう今更こないでしょ。うちは、先代王をたぶらかした『悪女』がいたパブなんだから」
「ルイーザは悪女なんかじゃないよ。お二人は心から愛し合っておられた。だから王はルドを引き取られたんだろうさ。まぁ、それがあの子にとって良い事だったのかは分からないが……」
そう言いながらおかみさんは、再び大きなため息を吐いた。
ルドルフ様と共に丘で星を眺めたあの後、彼は私をこのショーパブへと連れてきた。
最初こそ驚いたが、私はその理由を知り納得した。
ここは、彼の母親が生前働いていた、「なじみの場所」だったのだ。
「名前は、ポラリスと言います。どうか、可愛がってやってください」
私をおかみさんに渡したルドルフ様は、深々と頭を下げた。
「急になにかと思ったら……。でもまぁ、事情は分かりましたよ。それよりあんた……ちょっと立ち寄っていかないかい?かなりやつれてるじゃないか……」
おかみさんの問いかけに、ルドルフ様は困ったような笑みを浮かべる。
「私は大丈夫です。何も問題ありません。それよりも、どうかポラリスを」
「分かってるって。うちにはいつも、客人なり従業員なり、誰かしらがいるからね。猫一匹紛れても、全くどうってことないよ」
「……ありがとうございます」
そう言ってルドルフ様は、私を店に置き、去って行った。
最後に彼は、私を一瞥した。その表情はまるで、家族を残し死地に向かう兵士のようだった。
運命を受け入れつつも、悲しみを堪えきれないといったような、そんな顔。
おかみさんと踊り子さんも話していたが、私自身も、ルドルフ様のことが気がかりだった。
クラウス陛下の怒りを買った今、彼の城内での立場はますます危うくなっているだろう。
それに比べて私は、一人、安全な場所に居る。今もただ、彼の無事を祈ることしかできない。
なんて無力なんだろう。自分自身が情けなくなる。
踊り子さんが部屋を出た後、おかみさんはゆっくり私の方に歩み寄り、腰を下ろす。
「あんたも、あの子が心配なんだろう。
だから一日中、城の方角ばかり見ているんだろう?わかるよ、おまえさんの気持ちは。
巷では残虐公なんて呼ばれているが、あの子はそんな子じゃない。昔から優しい子だった。いつかあの子が、心から笑える日が来ればいいんだが」
そう言いながらおかみさんは、私と同じように、窓から城の方角を見つめた。
今回も、ここまでお読みくださりありがとうございました。
物語も佳境に入りつつあります。
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