40:独白
「陛下は、複雑な生育環境により、少々、歪んでいるところがあります。
自分より下だと思ったものに対しては、徹底的に強く出ようとするのです。
昔は、私に対して、露骨にその態度を示していました。
が、年齢が上がるに連れ、その行動は徐々に収まっていきました。
しかし、行き場のない感情というのは、一方を押さえても、また別の方向に吹き出してしまうものです」
「『猫狩り』というのを知っていますか?」と、彼は静かに問うた。
突然のことで、私は口をぎゅっと閉じたまま、ルドルフ様を黙って見つめる。
「最近、猫が、城の近辺で無残な遺体となって発見されるという事件が多々ありましてね。
『猫狩り』と呼ばれる誰かが、夜な夜な街をふらつき猫を狩り、城に持ち帰っている、との噂が流れたのです。
私は元々、動物が好きでしたからね。その噂に、私の中の微々たる正義感が刺激されまして、今のようにローブをかぶり、時々、市街を見回っているのです」
「散々処刑を執行している残虐公が、おかしな話ですよね」と、ルドルフ様は自虐的に笑う。
私は微動だにせず、その憂いを含んだ瞳を、じっと見つめる。
「私はこの調査を、誰にも打ち明けず密かに行っていました。城内に犯人がいる以上、うかつに話はできませんからね。そして調査の結果、たどり着いたのが、クラウス陛下だったのです」
瞬間、私は目を見開く。
しかし、やはり、という気もした。
ウィル様とも、同じ予想を立てていたからだ。
「まだ陛下に直接問い詰めてはいません。
しかし、彼の普段の行動を記録し、尾行、調査した結果、それはほぼ確定事項です。
そんな陛下が、今回の事件をきっかけに、あなたに照準を合わせたのです。
あなたに危険がおよぶことは、もはや自明だ。ですから、ポラリス」
そう言うと、ルドルフ様は一瞬、唇をぎゅっと噛みしめた。
が、その後、そっと口火を切る。
「あなたとは、今日でお別れです」
ルドルフ様の、透き通る碧色の瞳が揺れる。
その向こうに映るのは、思いも寄らぬ言葉に唖然とする、私。
一匹の猫の姿だった。
ルドルフ様は今、なんと言った?
お別れ、と言ったのだろうか?
私はその言葉が間違いであってほしくて、じっと彼の口元を見つめた。
ルドルフ様は、哀しげに目を細める。長いまつげが、彼の頬に影を落とした。
「……あなたとの生活は、本当に楽しいものでした。
楽しくて、穏やかで。あなたと居ると、私は、本来の自分に戻れる気がした。
だけれど、それももう、終わりなんです」
冷たい夜風が、私と彼との間を通り抜ける。
瞬間、ぎゅっと心臓が締め付けられる。
嘘だ。嘘であってほしい。
ルドルフ様は、私とずっと一緒にいたいと言っていた。
私だって、同じ気持ちなのだ。私は、あなたのことが大好きで、傍に居たくて、力になりたいのだ。
「本当はね」と、ルドルフ様は俯き、続ける。
「あなたを拾うべきでは、なかったのです。あなたと出会ったあの日。
その日も私は、暗闇の中、静まりかえった市街を一人で歩いていました。
名目としては『猫狩りを見つけるための見回り』。ですが、本当のところは、違った。
あの日、私は、自分の家庭教師でもあったメアリを処刑しました。
夕食を終え、その時間を自室で一人待つ。
それが私には、どうしてもできなかった。だから、気を紛らわせるために外に出た。
そこでポラリス、あなたと出会ったのです」
ルドルフ様はうっすら笑みを浮かべる。
月明かりが、美しい彼の顔をぼんやりと照らした。
「あなたはあの日、街角にうずくまっていましたね。
私が近づいても、逃げなかった。怪我をしているのだと、すぐに気がつきました。
でも、本当なら、私は拾うべきではなかった。
だって、城の近くでは、猫の不審死が相次いでいたのですから。
犯人は城内の者である可能性が高いのに、そんな場所に猫を持って行けば、何が起こるかわからない。
そんな思いを頭の隅に置きながらも、私はあなたを拾ってしまった。
『手当する必要があったから』。それが一応、自分の中での大義名分でした。しかし、実際のところは、違います。私はただ、寂しくて、苦しくて、誰かに傍にいてほしかったのです」
私を撫でるルドルフ様の手が、止まる。彼は空を仰いでいた。
「そう、ただのエゴ。私は自分の心を満たしたいためだけに、あなたの危険を考慮せず、あなたを拾ったのです」
「最低ですね」と彼は言う。
しかし私は、そんなこと、露ほども思わなかった。
餌の取り方も知らない小さな私が、ルドルフ様に拾われないまま、あの寒空の下、放置されていればどうなっていただろう。
凍えてしたかもしれないし、一晩は生き延びられたとしても、カラスに襲われたり、飢えたりで、結局、命を落としていたのではないか。
だから、私にとってルドルフ様は、命の恩人だ。
気に病むことなど、何一つない。
そう伝えたいのだが、私は何も話せない。
ルドルフ様が、再び口を開く。
「最初は、怪我が治れば逃がそうと考えていました。
しかし、あなたと過ごす毎日は、本当に心地が良くて、幸せだった。
業務を終え、部屋に戻ると、あなたはいつも、扉の前で出迎えてくれた。
それが私には、たまらなく嬉しかった。猫だということを分かっていながら、私は、あなたに、色んなことを打ち明けましたね。あなたはそれを、私の膝の上で、じっと聞いてくれていた。
暗い話をすれば、寄り添うように、私に身体をこすりつけてくれた。まるで人の言葉を、理解しているかのようだった」
「本当に、不思議な猫さんですよ」と、ルドルフ様は再び、私を一撫でする。
「その頃から段々と、あなたを手放したくない、と考えるようになっていました。
別れるべきだと思っていながらも、ズルズルとあなたを、この部屋に押し込めたままにしていた。
自分の感情を優先してしまったのです。そして、今回のことが起こってしまった」
ルドルフ様は、私を自らの顔の高さまで持ち上げた。そして真正面から、言った。
「ポラリス。私は、あなたが大好きです。
愛おしくて、愛しくてたまらない。できればずっと、一緒にいたい。
でも、これ以上は無理なのです。さよならを、告げねばならないのです」
ルドルフ様は、無理矢理笑顔を浮かべている。透けた前髪の奥には、潤んだ瞳が覗いた。
今回も、ここまでお読みくださりありがとうございました。
物語も佳境に入りつつあります。
継続してお読みくださるあなたがいるから、書き続けていられます。
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