4:猫狩り
駆けて、駆けて、駆けて。
そうしてたどり着いたのは、王都中心部の繁華街だった。
がむしゃらに走ったわりには、よいところにたどり着いたと思った
。街中であれば、残飯などの食べ物があるだろうし、安全な寝床もどこかしらあるだろう。
しかしその見立ては、完全に間違っていた。
「ここを、誰の縄張りだと思っているんだ?」
路地裏で、大柄の猫のパンチを受け、私の身体は吹き飛ぶ。
よろよろと身体を起こした目線の先には、
風格のある太った猫と、それを取り巻く数匹の猫がいた。
猫たちは「あのパンチを受けて立てるのか?!」と幾分驚いた風であったが、
気を取り直したかのように告げる。
「ここいらのゴミ捨て場は、我らが親分の根城だ。分かってんのか!」
猫たちの声を聞きながら、
私は頭の片隅で「猫の言葉がわかるようになったんだ」と他人事のように思う。
「おい、なにボーッとしてやがる。話を聞いているのか?」
「あ、ご、ごめんなさい。でも私、昨日から何も食べていなくて。
寝る場所も、帰るところもないのです。
数日だけでも、ここに居させてもらえませんか?」
「は?駄目に決まってるだろう!
この路地裏はな、この街で唯一安全な場所なんだ」
「唯一、なのですか?」
思わず尋ねる。
確かにここは、人目に付きにくい割に、ゴミ捨て場が点在していて餌が豊富そうだ。
だから、狩りに慣れていない私でも数日はしのげそうだと感じたのだけれど、
「唯一安全」と言われるほど希少な場だとは思っていなかった。
「なんだ、おまえ知らねーのか?最近の『猫狩り』の話を」
突然現れた不穏な言葉に口をあんぐりと開けると、ボスだと思われる猫が一歩前に出てきた。
「知らねぇなら教えてやる。
この辺りはな。最近、夜になると猫を捕まえに来る『猫狩り』と呼ばれる人間が出る。
猫を見つけると虫取り網で捕まえて、大きな籠の中にいれるのさ。
その人間の行き先は、大通りの桟橋を越えた場所にある城、フォード城。
あの城から生きて帰ってきた猫はいねぇ。
噂では、ルドルフ公の『おもちゃ』にされているらしいぜ」
「ルドルフ公の?」
思わず唾を飲み込む。
ルドルフ公、もとい、ルドルフ・フォード公爵。
先代王の長男にして、今の王、クラウス陛下の兄にあたる人物だ。
若干十歳のクラウス少年王の代わりに、
国政の一端、主に「法務」と「公安」に関する業務を担っている。
「あの『残虐公』のことだ。
どうせ俺たちのことを虐めて楽しんでいるんだろうさ。
その猫狩りが、唯一未だ姿を表していないのが、この一帯の路地裏だ。
だからこの場所は、原住民の間でも激戦区。
新参者のおまえが居て良い場所じゃねーんだよ」
そう猫が言うも、私は未だに唖然としていた。
街がそんな危険地帯だったとは信じがたい。
「おい、分かったらさっさと去れって言ってんだよ!!!!」
ドスの聞いた声に肩をすくめた私は、言葉通り、尻尾を巻いてその場を後にする。
路地裏を出て気がついたが、辺りはもう日が落ちかけていた。
さっきの場所は元々薄暗かったので、時間の感覚が失われていたのだ。
どうしよう。
このまま夜になれば、猫狩りに捕まってしまうかもしれない。
かといって、茂みに逃げれば、今度は野生動物に襲われる危険がある。
それにそもそも、ここから離れるだけの体力は残ってはいない。
先ほどの猫にやられた足は、引きずらなければ移動できないのだ。
仕方なく私は、大通り沿いの酒場の前に置かれた、酒樽の陰に身を潜めることにした。
日は暮れ、夜になると街に明かりが灯り始める。
が、繁華街とは言っても、景気が悪いこともあり、
月が真上に上る頃には、皆、店を後にしていた。
フクロウの声だけが響く深夜。
私は、寒さと恐怖に耐えながら、一人、身体を震わせていた。
先ほど、猫にやられた足がうずく。
骨でも折れているのだろうか。
鈍い痛みが、私を絶望へと引きずり込む。
行く場所もなく、未来どころか明日の行く末すらも想像がつかない。
私はこのまま、じっと死を待つことしかできないのだろうか。
胸が締め付けられ、ぎゅっと目を閉じる。
と、鼻腔をかすめたのは、微かなカモミールの香りだった。
なぜこんなところで?と感じたその時だった。
「怪我をしているのですか?」
振ってきたのは、凜とした男性の声。
顔を上げると、地面に膝をついた一人の青年が、私の瞳を、見つめていた。




