3:愛され妹と、出来損ないの姉
自我が芽生え始めた時から、父が自分を愛していないことを薄々感じていた。
小さな頃から父は、私と目が合うとすぐに視線をそらした。
まるで、汚らわしいものでも見てしまったかのような、そんな嫌悪を表情を浮かべながら。
一方で、妹のリネットを見る目は、全く違っていた。
慈愛に満ちた、優しいまなざし。そんな父の顔を見るたびに、私の心は鈍く痛んだ。
そして廊下に出て、屋敷の隅にある母の部屋へと向かった。
余命幾ばくもない母は、私と同様、父から「不要物」として見なされていたのだ。
「魔術が使えなくたって、あなたには価値があるわ。
コレット。だから自分を見失わないで」
病床の母はいつもそう言ってベッドから腕を伸ばし、私の髪を撫でてくれた。
母の存在があったからこそ、私はこの屋敷で、めげずになんとか生きてこれた。
私の頭を包む、温かい掌。優しい声。
死期の近かったあの頃の母の、弱々しい、潤んだ瞳を思い出す。
お母様、お母様。もう一度、会いたい……。
ふと目覚めると、辺りはうっすらと明るさを取り戻しつつあった。
猫として迎える、初めての朝。
中庭で父に追い払われた私は、その日の晩を、庭の角で過ごした。
ここは安全そうだったが、この敷地内をいつまでもうろついていては、
またもや父に見つかる可能性がある。
そうなれば私は、昨晩と同じように追い出されるだろう。
身の安全をはかれるこの場所を離れるのは惜しかったが、仕方がない。
(出て行くほか……ない、な)
私は短く息をつく。
そして腰を引いて背伸びをした後、壁を飛び越えようと、身構えた。
と、その時だった。
「……猫?」
響いた声に振り向くと、そこには白いネグリジェを着た妹、リネットの姿があった。
一瞬、身体が凍り付く。
彼女が早起きであることは知っていたが、
まだ使用人さんも動き出さないこんな早朝から、庭に出てきているなんて。
リネットは、サラサラと揺れる金髪のウェーブヘアを揺らしながら、こちらに近づいてくる。
彼女には、魔術師としての才能がある。
なので、もしかしたら父と同様に私の正体に気がついてくれるかもと、一瞬私は期待する。
でも、気づいたとして、彼女はどうするだろう。
そう思った瞬間、自然と足に力が入った。
私とリネットとの仲は、悪くはないはずだった。
というのも、父によって私はリネットに接触することを禁じられていたため、
嫌い合うほどの交流はなかったのだ。
だから父のように、すぐに私を投げ捨てる、ということはしないだろう。
だけど正直なところ、彼女がどんな反応をするか予想がつかない。
どうすべきか、と立ちすくむ私の前に、リネットはしゃがみ込む。
「こんなところに猫さんだなんて、珍しい。どうしたの?迷い込んできたの?」
そう言いながら、リネットは目を細め、こわばる私の身体を撫でる。
彼女はどうやら、この猫の正体が私だということに気がついてないようだ。
しかし、それも納得できる。
もう数年間、彼女とは会話をしていないし、
そもそも私が昨日から行方不明になっていることすら、彼女が知っている可能性は低い。
「ニャア」
私は小さく鳴いてみる。
リネットは微かに微笑むと、ポケットからビスケットを取り出した。
「お庭で食べようと持ってきたのだけれど、あなたにあげる。
だからお願い。また、ここに来てくれる?
私、友達がいなくて寂しいの。
お父様やメイドさんは優しくしてくれるけれど、
みんなが好きなのは、私の魔術の才能だけ。
お姉様もいるのだけれど、会うことが禁止されているの。だから時々ここで」
そこまで話を聞いたところで、私は居たたまれなくなって、ぴょんと木の枝に飛び乗った。
そして振り返らずに、壁の外側へ飛び出した。
リネットの心の内など、聞きたくはない。
彼女は誰にも言えない不満を打ち明けただけなのだろうが、
私にとってはそれすらも自慢に聞こえる。
期待されているだけ、存在価値があるだけいいじゃない。
私なんて、呪いで猫にされたのに、哀れんでくれる人すらいないのよ?
そんな風に、彼女に嫉妬を向けてしまう自分が嫌だった。
だから私は、内にあるぐちゃぐちゃの感情を振り払うように、あてもなく駆けた。




