27:私にできること
この広場は、儀式の際は一般に解放されている。
大勢の人々が、今回の儀式の舞台である、お城の大きなバルコニーを見上げていた。
皆、ステージと化したバルコニーに釘付けで、こちらを気にする素振りはない。
そんな群衆の一番後方で、ウィル様は足を止めた。
「見えるか?ねこすけ」
ウィル様が私に話しかける。
バルコニーの上では、まさに司祭様が、リネットに佩剣の儀を行うところでだった。
少年王、クラウス陛下の前に跪くリネット。
王の横に立つ司祭様は、剣でリネットの首筋を刃の平で三度打った。
そして剣を鞘に納めると、皆の前で高らかに宣言した。
「これをもって、今日よりリネット・アルハイムは、我らがフォード王国の正式な魔術騎士となった。
この若き騎士に、そして王国の行く末に、幸あらんことを!!!」
その瞬間、バルコニーの後方で控えていた楽隊が一斉にファンファーレを奏でる。
群衆の皆は、事前に配られたのであろう花びらを空に放ち、喝采を浴びせた。
「リネット……」
空に舞う花びらの向こうにたたずむリネットを、私は凝視した。
ここからでは表情を伺うことはできない。が、ふわふわのブロンドヘアは、油脂で固められ後ろできつく一本縛りにされている。
彼女はぎこちない動作で前に出ると、民衆の方へ、深々と敬礼をした。
「嬉しそう、って感じはしねーな」
ウィル様がボソリとつぶやく。
「彼女も、父の駒に過ぎませんから」
私は弱々しく答えた。
そう、今、リネットを目の前にして、私はエドガーの言葉がいかに的を射ているかを再確認した。
彼女も所詮、父の権威を見せつけるための宝飾品に過ぎないのだ。
リネットの意思も、身の安全も関係ない。
それを痛感した時、私は、屋敷に住んでいた頃の、自身の浅はかさにうんざりした。
父は、リネットを格段に贔屓していて、私はそれに嫉妬していた。
期待をかけられているだけ幸せじゃないかと、私は彼女を遠目に見てはそう感じていた。
だけれど、そうしてほおっておいた結果、彼女は最年少で戦場に立つ者となり得てしまった。
あの頃、もう少しリネットの心に寄り添っていれたら。
彼女の苦悩と孤独を共有できていたら、少しは違った未来もありえたのではないか。
そんな風に、溢れた気持ちをぽつりぽつりこぼしていると、「でも」とウィル様が口を開く。
「おまえさんも、当時は余裕なかったんだろう?仕方ねーよ」
そう言って彼は、私の頭にポンポンと手を置いた。
ルドルフ様の部屋に戻ると、そこにはすでにお掃除メイドさんの姿はなかった。
ウィル様は私をそっとベッドの上に離す。
私はブランケットに転がるが、すぐに体制を起こした。
「追い出しは、しないのですね……」
そっと尋ねてみる。ウィル様は頭をポリポリ掻きながら「まぁな」と答える。
「怪しい者ではなさそうってことは分かったし。
それに、おまえを勝手に追い出したら、それこそルド様は寝込んじまうよ。
そのくらい、おまえはあいつの心に入り込んでいるんだよ」
「ただし」と言いながら、ウィル様は私の前にしゃがみ込み、ぐっと顔を近づける。
「ルド様に何かしてみろ。その時は容赦なく叩き切るからな」
「な、何もいたしません!天に誓って!」
慌てふためく私を見て、ウィル様はふっと息を吐くと、立ち上がる。
「分かってるよ。今のおまえの姿じゃ、寝込みを襲ったりできねーだろうからな。
むしろ、できることの方が少ない」
その言葉に、私は頷く。
再び呪いをかけてもらったことで、物を握る能力はすでに消えてしまっていた。
私の爪など小さすぎるので、これでは確かに「寝首を掻く」ことも不可能だ。
そう、自分でもよく感じる。
この身はなんて不自由なのだろうと。
自ら望んで猫の姿にしてもらったわけだけれど、この姿でできることには限界がある。
本当なら、ここまで情をかけてくださったルドルフ様に恩返ししたいところだが、
この姿ではそれは叶わない。
かといって人の姿に戻れば、私はここにはいられないわけで、それはジレンマ以外の何物でもなかった。
「……確かに、できることは少ないですね。恩に報いることすらも、ままならない状態です」
私は、ぐっと奥歯を噛む。
「ねこすけに、できること、か」
ふと顔を上げると、ウィル様が顎に手を当てながら、視線を宙にさまよわせている。
思わぬ仕草に、私は「何か、あるのですか?」と問う。
「……ない、ことはない。が」
思わぬ返答に、私は瞼を上げる。
「おっしゃってくだされば、なんでもします!」
私は前に身を乗り出す。ウィル様は少し思案しながらも、そっと口を開いた。
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