26:しゃべる猫
「……信じられねーよ。しゃべる猫なんて。
最近流行の『猫狩り』と何か関係が?
まさか、トレドの差し金じゃないだろうな」
ウィル様は青ざめていた。
目の前にいる「言葉を発する猫」に、かなり動揺しているらしい。
が、私に突きつけられた刃の先端は、決してブレない。
「なんとか言え。言わないと、ここで叩き切るぞ?」
嫌悪たっぷりのその眼差しに、私は思わず身震いする。彼は本気だ。
私は気圧され、「違うんです!」と声を絞り出す。
「あ、怪しい者ではありません。そ、その、誰かに危害を加えようなどとは微塵も」
突然ペラペラ話し出した私に、ウィル様は一瞬、動揺したかのような表情を見せる。
が、すぐに険しい顔に戻ると、語気を強める。
「は?ルドルフ公の部屋に侵入し、ヌケヌケと数ヶ月も潜伏していたおまえが、怪しい者でないはずがない!
言え!誰の差し金だ?!ルドルフ公に何をしようとしている!!」
「私は本当に、誰の差し金でもありません。ただ、ただ、ルドルフ様の傍に居たい。
その思いだけでここにいるのです!」
ウィル様が「は?」とつぶやきながら眉をしかめる。
流れる沈黙。風が枝葉をカサカサと揺らす音だけが聞こえる。
「……おまえは、一体何者なんだ?」
少し気が静まったのか、ウィル様はそっと尋ねてきた。
剣の先は、まだ私の首筋に触れたままだった。
が、私は唾を一飲みし、話した。
「私はコレット・アルハイム。アルハイム家の長女です。
父を恨む者が、娘の私を呪術で猫の姿に変えたのです」
信じてもらえるかどうかは、分からない。
だが、今の私にとって、正直に全てを打ち明ける以外、選択肢はなかった。
私は、今までの自身の身に起きた出来事、父との軋轢、妹との関係、そして先日の沼地への訪問の件などを、包み隠さずウィル様に打ち明けた。
「……つまり、おまえの意思でここに来たわけではなく、
たまたまルドルフ公に拾われたから、ここに住んでいるということだな?」
ウィル様の問いに、私はコクリと頷く。
少しの間の後、私に触れていた刃が、そっと離れる。
と同時に彼は、ヘナヘナと力なく地面にへたり込んだ。
「嘘だろ……。いや、マジか。
呪いとか、マジであるんか。しかも猫に変身させるなんて、どこのおとぎ話だよ」
そう言いながらウィル様は、髪の毛をくしゃっと掴む。
「私も、最初は信じられませんでした。
でも、自分が猫にされた以上、それを受け入れるしかなくて……」
「確かに、そうだわな」
ウィル様は「はぁー」とため息を吐いた。
「今の話を、信じて、くださいますか?」と、私は恐る恐る尋ねてみる。
「……信じるしかねーだろ。実際、目の前にしゃべる猫がいるわけだし。
変化の呪いというものは、古代の文献を漁れば、出てくることは出てくる。
だから、全く非現実的とも言い切れない。
それに、怪しい奴でないことも、なんとなく理解できた」
「私を、信じていただけるのですか?!」
思わず感嘆の声を上げる。
「あぁ。だって、本物のスパイなら、うっかり言葉をこぼすヘマなんてしないだろうし、
ちょっと剣を向けられたくらいでペラペラ語り出したりしないだろ。
そのぬるい態度が、まさに素人感丸出しだ」
嫌みとも取れる発言ではあるが、返す言葉もない。
「じゃあ、今、表で叙任を受けているのは、おまえの妹ってわけか。
ゼストの駒として今なお使われている、哀れな妹」
「……そうです」
私は俯く。ウィル様は「そうか、あの子が……」とつぶやいた後、しばらく黙り込む。
「……連れて行ってやろうか?」
間を置いた後にこぼれ出た突然の申し出に、私は、え、と顔を上げる。
「叙任式。時間的に、そろそろ大詰めじゃね?佩剣の儀が見られるだろう」
そう言うとウィル様は、私の返事を待たずに私を抱きかかえ、歩き出した。
そして数分後、私達は、城の正面玄関の前に位置する広場に着いた。
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