25:ルドルフの事情
クラウス様と同じ銀色の髪を持つ、先代王のお妃様。
大変な人格者で、まさに女神のような方だったらしい。
そんな彼女が亡くなったのは、二年ほど前。
その心労からか、先王も後を追うようにご逝去された。
ウィル様は再び口を開く。
「ルド様は、王と王妃に可愛がられてはいたんだが、問題は取り巻きの連中達だ。
やつらは、元々ルド様の王家入りを反対していた。
母親が卑しい身分であるにも関わらず、血統的には王家の長男。
連中からすれば、面倒な存在ではあるわな。
王や王妃に直接言えないもんだから、奴らは影でルド様を冷遇した。
トレド大臣も、その頃からルド様を疎ましく思っていたんだ」
そこでウィル様は一端言葉を切り、空を見上げた。
葉っぱの隙間から射す光が、彼の鼻先をチラチラとかすめる。
「ねこすけ、今日、急に、掃除メイドが変わった理由が分かるか?」
突然尋ねられ、私は思わず首を傾げる。
ウィル様はクスリと笑いをこぼしながらも、続けた。
「あれは、トレド大臣の差し金だ。
ルド様が宮中の誰かと仲良くなると、彼は必ず、その者を地方へ飛ばす。
ルド様を孤立させるためさ。
特に、王が亡くなってからは容赦ないんだぜ?
まぁ、俺はこの城で不可欠な存在ですから、なんとか持ちこたえてられてはいる。やるだろ?」
そう言いながらウィル様はいたずらっぽく口角を上げた。
重い話を、あえて冗談交じりに軽い口調で話している。
おそらく、そうでもしないと話せない内容なのだろう。
「そんなんだから、ルド様は昔から、周りの皆に心を閉ざしていた。
あいつさ、誰に対しても敬語で話すだろ?
出自でとやかく言われないよう、誰よりも貴族らしく振る舞っているつもりなんだよ。
と同時に、それが彼なりの、自己防衛って気もするんだ。
誰にも心を許さず、一定の距離を取るためのさ。
だから俺は嫌だったんだよ。信じてもらえてないみたいでさ。
友達みたいな存在の俺にまで、敬語使うなって思ってた」
でもさ、と言いながら、彼は吹き出す。
「おまえにまで敬語使ってんの見て、あぁ、これはもう、一生なおんねーなと諦めた。
敬語が板に付きすぎて、猫にまで敬語で話すなんて、イタい奴すぎないか?」
ケラケラと笑うウィル様を見ていると、なんだか私まで可笑しくなってきた。
こんなに真剣な話のはずなのに、なぜだかストンと心の中に入ってくる。
「あれを見て俺は思ったよ。あぁ、この人は、信頼してる奴にも、結局敬語なんだなって。
だから、俺に敬語であることを、別に気にする必要ねーんだって。
だって、おまえさんと話すときのルド様はさ、心底幸せそうなんだ。
はにかんで、目を細めて、ちょっと頬まで染めてさ。まるで、恋する少年みたいだ」
そして、ウィル様は曲げていた腕を伸ばし、私をより高く掲げた。
「ルド様はさ、たぶん、おまえに心底ご執心なんだよ。
孤立したルド様にとっての、唯一の癒やしの存在。
ったく、いい年した男がなにやってんだよって感じだよな。
このままじゃ嫁も取れねーよ。俺が、いい女を内緒で部屋に忍ばせてみようかな?」
彼はそう、冗談っぽく言った。私は不意に、部屋に女性が忍んでいる姿を想像する。
夜、疲れた顔で自室の扉を開けられるルドルフ様。
いつもであれば、私が一目散にかけより、挨拶をする。
それがもし、私より先に、別の女性が飛び出てきたら。
そして驚くルドルフ様を抱きしめ、そっと口づけでもしたら。
私は思わず「そんな!」と叫ぶ。
その瞬間、ウィル様の目が大きく見開いた。
「えっ?」
急に顔をこわばらせるウィル様。
私は何が起きたか分からずに、思考が一瞬、凍り付く。
一陣の風が、私とウィル様の前を駆け抜ける。
と同時に、今の状況を徐々に私は理解する。
そう、私は思わず、人の言葉を発してしまったのだ。
その状況が完全に把握できた瞬間、私は思わず息を止めた。
ウィル様は口をあんぐりと開けながら、私を見つめ続けている。
「ねこすけ、今、しゃべった、のか?」
私はすぐに「ニャー」と猫の声に切り替え、鳴いてみる。
が、ウィル様の表情は変わらない。
しばらく流れる沈黙。私は自分の肉球が汗で湿っていくのを感じた。
「……ま、まさか、な」
ウィル様は私を膝の上に置くと、「疲れてんのかな、俺」と言いながら、深いため息を付いた。
私は、自分がただの猫であることをアピールするため、再び「ニャー」と鳴いてみる。
そう、このままウィル様の聞き間違いとしたいところだ。
だって、私が人の言葉を話せることがばれたら、「得体の知れないもの」として確実に城から追い出される。
そうすれば、せっかく呪いをかけ直してもらったにも関わらず、ルドルフ様とも暮らせなくなる。
それだけは避けたい。
ウィル様は、戸惑いの表情を浮かべながらも、私を抱き、そっと腰を上げた。
落ち着いたので、部屋に戻るのだろうと思ったその時だった。
不意に、太ももにつねられたような鋭い痛みが走る。
私は元々動揺していたこともあり、思わず「痛っ」と、再び言葉を発してしまった。
その瞬間、ウィル様は私を地面に放り投げる。そして鋭い声で叫んだ。
「なんなんだ、おまえ。魔物か?!」
私はなんとか受け身の体制を取り、足から着地する。
が、刹那、全身を悪寒が駆け巡る。
目線を上げると、ウィル様が、腰から抜いた剣の切っ先を私の方へと向けていた。
いつも読んでいただきありがとうございます。麦野です。
少しヒヤリとするエピソードを書いてみました。
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