23:もう一度あなたに会えて
「あんたが急に居なくなるから、ルドルフ様が大層心配されていたのよ!
普段、私たちとなんか話もしないのに、急に必死な形相で『ポラリスを知りませんか?』って尋ねられて!
でも、あぁ、本当によかった!外に逃げ出しちゃったのかと思ったよ!!」
メイドさんはすぐに、私をエプロンのポケットに入れ、走り出した。
中で揺られながら、私は思考停止していた。
というのも、「大層心配されている」だなんて想定外だったからだ。
間もなく、バンと、扉を開く音が響く。
「居ました、いましたよ、ルドルフ様!猫ちゃんが!!」
そう言いながら彼女は、私をエプロンから取り出す。
「ポラリスっ」
駆けよってきたルドルフ様は、私を受け取ろうと慌てすぎて、一瞬、落としそうになる。
が、すぐに抱き留め、私に顔を寄せた。
「あぁ、ポラリス。良かった……本当に」
ルドルフ様の瞳には、うっすら涙まで浮かんでいる。
私が唖然としていると、先程のメイドさんが告げた。
「猫ちゃん、東塔の物置部屋に居たんですよ。
だれかがこのお部屋を開けた時に着いて出て、そのまま城内を迷子になっていたのではないでしょうか」
「そうでしたか、ポラリス。それにしても、よかった……」
ルドルフ様が目を細め、口角を上げる。が、その顔はどことなく疲れているようにも見えた。
「ったく、人騒がせな。これからは、勝手に部屋の外に出るんじゃねーぞ、ねこすけ!」
男性の声が耳に飛び込んでくる。
ふと辺りを見回すと、部屋の中には、私を捕まえたメイドさんの他にも、ウィル様、そして残りのお掃除メイドさん二人がいた。
ウィル様は大げさにため息を付くと「それにしても」と続けた。
「ルド様も大概にしてくださいよ。
猫一匹が一晩居なくなったくらいで、これだけ大騒ぎされちゃ迷惑です。
建前上、あんたはこの城で二番目に『偉い立場』にいるんだから、もっと堂々と構えててもらわないと」
そして、私の方に目線をやると、鼻先に人差し指の腹を押しつけ、ぐっと顔を寄せる。
「ねこすけも大人しくしておいてくれ。
おまえの主人は、おまえが居ないと駄目なんだ。
会議も上の空だし、四六時中ソワソワしてるし、突然涙目になるし。
精神不安定なことこの上ない」
「う、ウィル、それ以上は」
ルドルフ様は顔を真っ赤に染める。
コホンと咳払いをした後に、ウィル様とメイドさん達の方に向き直る。
「このたびは、大層ご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでした。
今後はこのようなことがなきよう、努めてまいりますので、どうかお許しください」
彼は、私を片手で抱いたまま、四人に向かって深々と頭を下げる。
「ち、ちょっと、ルドルフ様、顔をお上げになってください」
「そうですよ!私たちが間違って猫ちゃんを出してしまったのかもしれないし」
「しかし、あなたたちが部屋に来たときにはすでに、いなかったのでしょう?
であれば、私が不注意で出してしまったとしか考えられない。
お騒がせし、申し訳ありませんでした」
メイドさん達が慌てるも、ルドルフ様は顔を上げない。
ウィル様がまたもや、ため息を付く。
「もうやめなって、ルド様。メイドさん達も困ってますよ。
でもま、一件落着じゃないですか。ねこすけは見つかったし、あんたらの仲も縮まったし」
仲が縮まった?と、キョトンとする私。
ウィル様の目線的に「あんたら」とは「ルドルフ様」と「メイドさん達」を指すようだ。
彼は、目を見開くメイドさん達に向かって、高らかに話した。
「ルド様って、評判は悪いし、口数少ないし無愛想だし、あなたたちも普段はビクビクしていたでしょ?
でもね、彼はホントはこういう奴なんですよ。
飼い猫居なくなったくらいで天パる、フツーの、気の小さい青年です」
「ちょっと、ウィル」
再び赤面するルドルフ様を見て、メイドさんの一人が思わず、クスリと吹き出す。
それに釣られたメイドさん二人も、思わずクスクスと笑い出した。
「す、すいません、ウィル様、ルドルフ様。でも、正直、緊張が解けてしまって」
メイドさん達の笑い声に押され、ルドルフ様も、眉尻を下げながらも笑みを浮かべる。
「いつも、お気を使わせてしまって、申し訳ありません。
ふつつか者ではございますが、今後とも、よろしくお願いいたします」
その瞬間、いつものぴりついた空気が、緩やかなものに変わるのを感じた。
こうして、四人は部屋を去って行った。
扉がパタンと閉まった時、ルドルフ様に抱かれたままの私は少しだけ、身構えた。
叱られるかもしれないと思ったのだ。
ルドルフ様は、私を連れてベッドまで行くと、腰をかけ、隣に私を置いた。
そして「長い二日間でした」と深いため息を付いた。
「……しかし、ウィルにはいつも、痛い部分を突かれますね」
勢いよく、背中をベッドに埋めたルドルフ様は、指でちょんちょんと私を突いた。
「彼の言っていたことは、本当です。
あなたが突然消えてしまったので、私はこの二日、仕事が手に付かなかった。
全く、情けないものです」
そして、緩やかな笑みを浮かべながら、私をそっと、抱き寄せる。
「私は、自分で思っている以上に、あなたに入れ込んでいるようなのですよ。ポラリス。
だからどうか、今回のような事態を起こさぬようにしてください。
もし、このままあなたが帰ってこなかったら、私はしばらく、眠りにすらつけなかったでしょう」
私はそっと目線を上げ、ルドルフ様の表情を伺う。
困ったような笑み。細い切れ長の瞳。
いつも通りの、優しい眼差し。
それを見て、私の心は締め付けられる心地がした。
ここまで愛されているなんて、思ってもみなかった。
私はただの猫で、なんの役にも立っていない。
だから、突然居なくなっても、大したことにはならないと踏んでいた。
なのに、ここまで心配してもらえていたなんて。
(申し訳ございません。ルドルフ様。私、自分の存在を低く見積もっておりました。
こんなにあなたが、私を思っていてくださったなんて、想定外でした。
本当に、ありがとうございます)
今、私は言葉を話すことができる。が、実際に話しかけることはできない。
だから代わりに、精一杯の感謝の気持ちを込め、私は「ニャア」と鳴いた。
「……声も普段通りになって、よかったですね」
ルドルフ様は、私の頭を優しく撫でた。
――君にとって、猫での生活が夢のように素晴らしいのかもしれないが、夢は夢だ。いつかは醒める。
醒めた後に待ってる世界についても、考えておいた方がいいよ。
不意に、エドガーの言葉が頭をよぎる。
同時に浮かんだのは、先程物置部屋で見た、ガリガリに痩せこけた猫の姿。
私はそれらを振り払うかのように、頭をフルフルと振り、そのまま、彼の腕に身を委ねた。
いつも読んでいただきありがとうございます。麦野です。
今回は、久々にルドルフたちお城の人々を書けました。
毎度毎度で申し訳ございませんが、☆の評価や感想等いただけると非常に励みになります。
引き続き、お楽しみいただければ幸いです。




