22:やせ細った猫
お城に帰るべく、エドガーが小屋の扉を開ける。
その瞬間に、まぶしい光が視界に飛び込んできた。
どうやら沼地の水面に朝日が反射し、きらめいているらしい。
私は気を取り直すように深呼吸して、冬の朝の澄んだ空気を、その輝きごと身体に取り込む。
「それにしても、本当に城まで送らなくていいの?
キミの身体じゃ、今から出ても着くのは夕暮れだろ?」
「いえ、そこまでは結構です。
再び呪いをかけてもらった上に、そこまでしてもらっては申し訳ないですし。
今回は本当に、ありがとうございました」
私はドアの前で深々と頭を下げる。と、エドガーはボリボリと頭を掻く。
「いやいや。こちらこそ、ゼストへの復讐にキミを巻き込んで悪かったよ。
コレット嬢、君は俺と同じ立場。あいつに無下にされた者同士だ。
『同志』のキミを丁寧に扱うのは、当たり前のことだ。これからも何かあれば、いつでも頼ってくれ」
そう言ってエドガーはゆるく口角を上げる。私も微笑む、が、ふと、思い出し、尋ねる。
「あの……父への復讐については、どうなさるおつもりなのですか?」
エドガーは腕を組み「う~ん」と唸った。
「今のところ、奴をゴキブリに変える案が最有力だけど、
まだそこまでの呪術は完成していないから、今から研究しよってところかな。
でも、俺は忘れたわけじゃない。現にあいつのことを思い出すと、まだまだ呪えそうな気がしてくるし。いつか、あいつに、呪術、そして俺の偉大さを理解させ、あいつの鼻をへし折るんだ!必ず、な!」
ぐっと親指を立て、前に突きつけるエドガー。
私は複雑な気持ちになりながら、苦笑する。
本来なら、自分の父に宣戦布告する人に対して、嫌悪感を抱くのが普通だ。
でも今の私は、エドガーに嫌な感情はない。
誰もが「偉大」と崇める父を、そんな風にこき下ろせるのは、多分、彼一人だろう。
彼のおかげで、私の心は少しだけ、軽くなったのは事実なのだ。
「本当に、この度はお世話になりました。エドガーさん」
「『さん』はいらないよ、親しみを込め、エドガーと呼んでくれ、コレット嬢。
困ったら、いつでもおいで。つーか、もうキミは、俺の娘みたいなもんだから。
なんも遠慮するなよ!同志!」
私はコクリと頷く。
そして、もう一度礼の言葉を告げると、エドガーに背を向け駆け出した。
今の時間からだと、城に付くのは日没前後だろう。
ルドルフ様は、最近お忙しいので、私がいないことを、そこまで気には止めていないだろう。
彼の就寝時間までに戻ることが目標だ。
こうして城まで走り抜いた私は、使用人さんが裏口から出入りするのに紛れながら、そっと城内に入り込んだ。
すでに日は暮れていたが、まだ就寝の時刻には早いはずだ。
私は目標時刻に間に合ったことに安堵した。
城内は歩き慣れていないため、正直、自分が今どこを歩いているのか確証はない。
が、鼻がある程度効くので、ルドルフ様の部屋の匂いをたどれば、彼の部屋にたどり着けるはず。
そう思いながら、身体を低くし、物陰に隠れながら部屋を目指す、その最中だった。
とある部屋の前を通り過ぎようとした時、小さなうめき声が耳に入った。
それは、「ニャ~」という猫の声だった。
が、猫の私にははっきりとそれの意味が認識できた。
「開けてくれ……ここから出してくれ……」
私は、部屋の前で立ち止まる。
そこは、人があまり行き来しない廊下の中程にあった。
木製のドアは、一見閉じているように見えるが、よく見ると完全に閉まりきってはいない。
同じ猫である誰かが、助けを求めている、ということもあり、気になった私はそっと、ドアの隙間に身体をねじ込んだ。
その部屋に明かりはなく、中は埃っぽかった。
猫の目なので、暗くてもある程度は辺りを見回せる。
そこには木箱や樽などが両サイドに高く積まれていた。
どうやら荷物置き場のようだ。
私は耳を澄ましながら、その鳴き声の方へと、恐る恐る近づいていく。
と、一つの木箱の前にたどり着いた。
私は猫の言葉で「中に誰かいるのですか?」と、小声で尋ねる。
すると、木箱から「助けてくれ、早く」と声がした。
ガリガリと音も聞こえる。箱の内側を爪で掻いているのだろう。
私は、木箱の上に置かれた麻袋の紐を口でくわえ、ズルリ、ズルリと引きずった。
そして袋が床にドシンと音を立てて落ちた瞬間、木箱の蓋が開き、中から一匹の猫が飛び出した。
「あ、あなたは」
私はその姿を見た瞬間、唖然とした。
箱から飛び出てきた猫は、ガリガリに痩せており、所々毛がごっそりと抜けていた。
皮膚の見えている箇所は、血がにじんでいるようにも見える。尻尾は異様に短かかった。
その猫は床に着地すると、ぺたりとその場にへたり込んだ。
そして長いため息をついた。
「よ、よかった。本当に、死ぬところだった……」
「だ、大丈夫ですか?あなたは」
「俺はただの野良猫だよ。助けてくれてありがとな。
でも、おまえなんでこんなところにいたんだ?
うかうかしていると、またあの残虐王子に捕まっちまうぞ。
次あいつの手にかかったら、多分、命はねぇ。さ、おまえも一緒に逃げよう!」
残虐王子、という言葉に引っかかりながらも、私はとっさに首を振る。
「い、いえ。私はここの方に飼われている身ですので」
「飼われてる?!おい、正気か?!寝ぼけたことを言ってないで、おまえも脱出した方がいいぞ!
ったく、餌に釣られてやってきたのが失敗だった。
皆が言ってた『猫狩りの噂』を信じてりゃ、こんなことには」
「えっ、猫狩りって、ただの噂じゃ」
私がそう言いかけたところで、コツ、コツと、誰かの足音がした。
その野良猫はビクリと肩をすくめると、そのまま私を置いて、一目散に部屋から飛び出て行った。
私は話が聞きたくて、後に続いて部屋を出たその時だった。
「あんた!!!」
大声に思わず、身体が固まる。
そこに居たのは、いつもルドルフ様の部屋を掃除している、メイドさんだった。彼女は、硬直する私にかけより、持ち上げる。
「あんたもう、どこに行ってたの!ずいぶんと探したんだから!!」
(……探した?)
私は真剣な顔つきのメイドさんの目を見ながら「ニャ?」とつぶやいた。
いつも読んでいただきありがとうございます。麦野です。
今回は、少し不穏な匂いのするエピソードでした。
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