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22/24

22:やせ細った猫

お城に帰るべく、エドガーが小屋の扉を開ける。

その瞬間に、まぶしい光が視界に飛び込んできた。

どうやら沼地の水面に朝日が反射し、きらめいているらしい。


私は気を取り直すように深呼吸して、冬の朝の澄んだ空気を、その輝きごと身体に取り込む。


「それにしても、本当に城まで送らなくていいの?

キミの身体じゃ、今から出ても着くのは夕暮れだろ?」


「いえ、そこまでは結構です。

再び呪いをかけてもらった上に、そこまでしてもらっては申し訳ないですし。

今回は本当に、ありがとうございました」


私はドアの前で深々と頭を下げる。と、エドガーはボリボリと頭を掻く。


「いやいや。こちらこそ、ゼストへの復讐にキミを巻き込んで悪かったよ。

コレット嬢、君は俺と同じ立場。あいつに無下にされた者同士だ。

『同志』のキミを丁寧に扱うのは、当たり前のことだ。これからも何かあれば、いつでも頼ってくれ」


そう言ってエドガーはゆるく口角を上げる。私も微笑む、が、ふと、思い出し、尋ねる。


「あの……父への復讐については、どうなさるおつもりなのですか?」


エドガーは腕を組み「う~ん」と唸った。


「今のところ、奴をゴキブリに変える案が最有力だけど、

まだそこまでの呪術は完成していないから、今から研究しよってところかな。

でも、俺は忘れたわけじゃない。現にあいつのことを思い出すと、まだまだ呪えそうな気がしてくるし。いつか、あいつに、呪術、そして俺の偉大さを理解させ、あいつの鼻をへし折るんだ!必ず、な!」


ぐっと親指を立て、前に突きつけるエドガー。

私は複雑な気持ちになりながら、苦笑する。


本来なら、自分の父に宣戦布告する人に対して、嫌悪感を抱くのが普通だ。

でも今の私は、エドガーに嫌な感情はない。


誰もが「偉大」と崇める父を、そんな風にこき下ろせるのは、多分、彼一人だろう。

彼のおかげで、私の心は少しだけ、軽くなったのは事実なのだ。


「本当に、この度はお世話になりました。エドガーさん」


「『さん』はいらないよ、親しみを込め、エドガーと呼んでくれ、コレット嬢。

困ったら、いつでもおいで。つーか、もうキミは、俺の娘みたいなもんだから。

なんも遠慮するなよ!同志!」


私はコクリと頷く。

そして、もう一度礼の言葉を告げると、エドガーに背を向け駆け出した。


今の時間からだと、城に付くのは日没前後だろう。

ルドルフ様は、最近お忙しいので、私がいないことを、そこまで気には止めていないだろう。

彼の就寝時間までに戻ることが目標だ。


こうして城まで走り抜いた私は、使用人さんが裏口から出入りするのに紛れながら、そっと城内に入り込んだ。

すでに日は暮れていたが、まだ就寝の時刻には早いはずだ。

私は目標時刻に間に合ったことに安堵した。


城内は歩き慣れていないため、正直、自分が今どこを歩いているのか確証はない。

が、鼻がある程度効くので、ルドルフ様の部屋の匂いをたどれば、彼の部屋にたどり着けるはず。

そう思いながら、身体を低くし、物陰に隠れながら部屋を目指す、その最中だった。


とある部屋の前を通り過ぎようとした時、小さなうめき声が耳に入った。


それは、「ニャ~」という猫の声だった。

が、猫の私にははっきりとそれの意味が認識できた。


「開けてくれ……ここから出してくれ……」


私は、部屋の前で立ち止まる。

そこは、人があまり行き来しない廊下の中程にあった。


木製のドアは、一見閉じているように見えるが、よく見ると完全に閉まりきってはいない。


同じ猫である誰かが、助けを求めている、ということもあり、気になった私はそっと、ドアの隙間に身体をねじ込んだ。


その部屋に明かりはなく、中は埃っぽかった。

猫の目なので、暗くてもある程度は辺りを見回せる。

そこには木箱や樽などが両サイドに高く積まれていた。

どうやら荷物置き場のようだ。


私は耳を澄ましながら、その鳴き声の方へと、恐る恐る近づいていく。

と、一つの木箱の前にたどり着いた。


私は猫の言葉で「中に誰かいるのですか?」と、小声で尋ねる。

すると、木箱から「助けてくれ、早く」と声がした。

ガリガリと音も聞こえる。箱の内側を爪で掻いているのだろう。


私は、木箱の上に置かれた麻袋の紐を口でくわえ、ズルリ、ズルリと引きずった。

そして袋が床にドシンと音を立てて落ちた瞬間、木箱の蓋が開き、中から一匹の猫が飛び出した。


「あ、あなたは」


私はその姿を見た瞬間、唖然とした。


箱から飛び出てきた猫は、ガリガリに痩せており、所々毛がごっそりと抜けていた。

皮膚の見えている箇所は、血がにじんでいるようにも見える。尻尾は異様に短かかった。


その猫は床に着地すると、ぺたりとその場にへたり込んだ。

そして長いため息をついた。


「よ、よかった。本当に、死ぬところだった……」


「だ、大丈夫ですか?あなたは」


「俺はただの野良猫だよ。助けてくれてありがとな。

でも、おまえなんでこんなところにいたんだ?

うかうかしていると、またあの残虐王子に捕まっちまうぞ。

次あいつの手にかかったら、多分、命はねぇ。さ、おまえも一緒に逃げよう!」


残虐王子、という言葉に引っかかりながらも、私はとっさに首を振る。


「い、いえ。私はここの方に飼われている身ですので」


「飼われてる?!おい、正気か?!寝ぼけたことを言ってないで、おまえも脱出した方がいいぞ!

ったく、餌に釣られてやってきたのが失敗だった。

皆が言ってた『猫狩りの噂』を信じてりゃ、こんなことには」


「えっ、猫狩りって、ただの噂じゃ」


私がそう言いかけたところで、コツ、コツと、誰かの足音がした。


その野良猫はビクリと肩をすくめると、そのまま私を置いて、一目散に部屋から飛び出て行った。


私は話が聞きたくて、後に続いて部屋を出たその時だった。


「あんた!!!」


大声に思わず、身体が固まる。

そこに居たのは、いつもルドルフ様の部屋を掃除している、メイドさんだった。彼女は、硬直する私にかけより、持ち上げる。


「あんたもう、どこに行ってたの!ずいぶんと探したんだから!!」


(……探した?)


私は真剣な顔つきのメイドさんの目を見ながら「ニャ?」とつぶやいた。

いつも読んでいただきありがとうございます。麦野です。

今回は、少し不穏な匂いのするエピソードでした。


毎度毎度で申し訳ございませんが、☆の評価や感想等いただけると非常に励みになります。


引き続き、お楽しみいただければ幸いです。

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