21:もう一度呪われる
「君が、屋敷で渦巻く悪意の中、ここまで生き延びてこられたのは、もしかすると君の魔力と何か関係があるのかもしれない」
「で、ですけど、その文献って、学術書なんですか?
学術書なら、父がその可能性を知らないはずが」
「学術書、ではないな。古くからの伝承を集めた本だ。
いわゆる、おとぎ話的なものかな。
でも、俺はこういう類いの本の中から、呪術の可能性を見いだした。
結果、それを現代に再現することができた。
だから、『ただのおとぎ話』と舐めてかかるのも、よくないぜ?
まぁ、ゼストは自分以外のすべてを舐めてかかってるような人間だから、こんな古びた文献に見向きもしなかっただろうけど」
エドガーの予測に目を丸くする。
「私の魔力は、知らぬ間に、この身を守るために使われていた」だなんて、
一見突飛な発想のように思えた。
が、確かに、あり得ない話ではない、とも思った。
というのも、私は昔から、他人の悪意に対して敏感だった。
何かが起こる前に必ず動悸や悪寒を感じる。虫の知らせ、とでも言うべきだろうか。
それは、私の魔力が防御の体制をとる準備だったのかもしれない。
正直なところ、実感はない。
これはあくまで、エドガーの憶測にすぎないのだ。
しかし彼はどうしても、「呪いが解けた原因は、私にあって自分にはない」と結論づけたいようだ。
「うん、きっとそうだ。それなら合点が行く。
コレット嬢の魔力が、俺の呪いを弱めたんだ。
コレット嬢が呪術の効きにくい体質のだったってだけで、俺の呪術は完璧だったんだ」
スケッチブックを閉じ、再び席に着いたエドガーは、そう自身に言い聞かせるようにつぶやきながら、食事を再開させた。
私も、魚の身をひとすくい、舌にのせる。
(本当に、私の魔力は、私のために使われているのかな……。
私は、父の言うような、出来損ない、ではなかったのかな……)
いくら考えたところで、答えにたどり着くわけではない。
私は、口に含んだ魚の身を、疑問と一緒に、喉へと押し込んだ。
そして、翌朝。
ベッドに置かれた私は、緊張した面持ちで、前足を後ろ足の前に置き姿勢を正す。
相対しているエドガーは、自らの手のひらを開いたり閉じたりしている。
何かを確認しているようだ。
「うん、大丈夫。今日ならいける」
エドガーは強く頷く。
と同時に、私はつばをゴクリと飲み込んだ。
私は今、まさに再び、呪いをかけ直してもらおうとしているのだ。
エドガーはぎゅっと目を閉じると、なにやらブツブツと小声で唱え出した。
瞬間、離した方の指先から、ねずみ色の光が灯る。
これが彼の「父への怨念を具現化したオーラ」。
その輝きは禍々しく、私の背筋には悪寒が走った。
瞼を上げたエドガーは、にやりと笑みを浮かべる。
「……コレット嬢、お望みどおり、君を再び呪ってあげよう」
その刹那、彼は発光した指先を私の額に突きつけた。
瞬間、ドロドロとした黒い何かが、私の身体の中へと流れ込む気がした。
そのよく分からない力に圧倒され、私は吐き気を催す。
と同時に、足がよろめき、ベッドの上で、へたり込む。
(この感覚、全く同じだ。初めて猫にされた、あの時と)
しかし、あの時ほど気持ち悪さは感じていない。意識もギリギリのところで保たれている。
そのうちに、指先からの光は徐々に薄くなり、やがて消滅する。
エドガーは、はぁはぁと肩で息をしながら、腕を下ろした。
(これで私は、また完全な『猫』になったんだろうか)
私は、よろめきながらもそっと、起き上がる。
元々猫の姿だったため、私自身にどんな変化が起きたのか、すぐにはわからない。エドガーは疲れた表情で、自らもベッドに倒れ込んだ。
そして、こちらを見ながら「やるだけのことはやったよ。さ、にゃあ、って鳴いてみ?」と言った。
「……ニャー」
それは、猫真似ではなく、完全なる猫の声だった。
私は思わず、「治った」と声を発する。そして気がつく。
私は「なおった」と、人の言葉を発したのだ。
(えっ、猫の声も、人の言葉も、発することができた……?)
疑問を感じた直後、エドガーが口を開く。
「ふふ……気がついたかい?コレット嬢。俺は君を、完全な猫にした。
だけでなく、『言葉を話す』能力は残しておいたんだよ。
これで君は、猫語も人語も操れる、世界に一匹しかいないスーパーハイブリット猫ちゃんになったというわけさ」
「す、すーぱーはいぶりっと……」
長い言葉で、思わず噛みそうになる。
「こちらの方が、今後何かと便利だと思ってね。どうだい?新たな呪いにかかった気持ちは」
「う、嬉しいです!」
呪われて嬉しい、だなんて明らかに変な言動であることは自覚していた。
が、私はこれ以外の気持ちを見つけることができなかった。
これで、再び私はルドルフ様の元に戻れる。
彼とまた、一緒に暮らすことができる。
それだけでなく、何かの非常時には言葉を発し、危険を伝える、なんてこともできるのだ。
窓から差し込む朝の光が、先程より一層輝いて見えた。
顔をほころばせる私に対して、エドガーはコホンと咳払いをする。
「君は今、自分の意思で自由に、猫の声と人間の声を使い分けることができる。
でも、気をつけてくれ。
君の感情が高ぶり、思わず何かを発した時、つまり『咄嗟の言動』は『人の言葉』として出る可能性が高い。
『嫌だ』とか『熱い』とか、感情が乗った言葉は『猫語』では表現しきれないからね。
咄嗟の発言には要注意。人バレしたくなければ、普段から冷静でいるよう心がけること。いいね?」
彼の忠告に、私は深く頷く。
「それにしても、ねぇ。この世界が恐れる呪術師、エドガー様が、敵の娘にここまでしてしまうなんてなぁ。俺もとことん、人が良い……。もう年かぁ?」
そう言いながらエドガーは、ベッドからゆっくり身体を起こすと、メガネのずれを直した。
「あ、ありがとうございます!これで私、またルドルフ様のお側に居られます」
私の言葉は自然と弾んでいる。
エドガーは「呪われて礼を言うなんて、ホントに変なお嬢さんだ」と言いながら苦笑した。
「でも、言っておかなければならないことがある」
急に真顔になったエドガーに、私は思わず口をつぐむ。
「今は呪いをかけたばかりだから、君は完全な猫の状態でいる。
けれど、またいつ何時、呪いが解けるかわからない。
もし先程話したように、君の魔力が無意識のまま『自身を守るため』に使われているのだとしたら、今の呪いのオーラだって、そのうち薄れていくはずなんだ」
その言葉を聞き、私はふと、先程のことを思い出す。
そういえば、前回呪いをかけられた時より、悪寒や吐き気は弱かったように思う。
そのことをエドガーに告げると「免疫ができているのかも」と彼は答えた。
「風邪も、繰り返しかかるにつれ、免疫ができて症状はマシになるだろう。
呪いも、それと同じで抵抗力が付く可能性がある。
だとすると、前回よりもっと早く呪いが解けることだってある。
つまり、君がいつまでこの姿のままでいられるのか、誰にもわからないということだ」
「そう、なんですか……」
私の返事は、自分でも思った以上にか細かった。
そんな私を諭すように、エドガーは告げる。
「コレット嬢、君は、現在の猫のままの姿の方が、生きやすいと言っていた。
だけれど、それはあくまで仮の姿だということを、心に留めておいた方が良い。
呪いが解けそうになって、その度に俺が再び呪いをかけたとしても、それを繰り返せばいつか、完全に抗体ができて、呪いが効かなくなる日が来るかもしれない」
そして、私の頭にポンと手を置きながら、言った。
「君にとって、猫での生活が夢のように素晴らしいのかもしれないが、夢は夢だ。いつかは醒める。
醒めた後に待ってる世界についても、考えておいた方がいいよ」
急に突きつけられた現実に多少戸惑いながらも、私は黙って、頷いた。
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