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20:呪術と魔術

その晩、私はエドガーの家に泊めてもらうこととなった。


人間の頃の私であれば、「突然、男性の家で一晩を明かす」なんてありえないことなのだが、今の私は猫。そ

れに加えて、ルドルフ様のお部屋にしばらく住んでいた経験もあったので、このような事態に対して、変に度胸が付いてしまっていた。


夕食のテーブルを囲む私とエドガー。

彼は、テーブル上に小さなクッションを置いてくれた。

どうやらここに座って食べろという事らしい。

好意に甘え、テーブルに腰を下ろしてお皿を舐めていると、エドガーは、はぁと大きなため息をついた。


「それにしても、やっぱりショックだよなー。

こんなに早く呪いが解け始めるなんて。

これが良い子のコレット嬢だったからよかったものの、性悪ゼストだったらもう、悔しくて悔しくてたまんなかったと思う」


エドガーの問いかけに、私は苦笑いをする。


「確かに、私も呪いをかけられた時は、もう一生猫の姿なんだろうと思っていました」


「だろ?その時は俺もそのつもりだったよ。

簡単に解ける代物じゃ、ゼストに一泡吹かせられないからね

。研究に研究を重ねた上で編み出した、今の俺史上最強の呪いだったんだ。

だから今朝、ドアを開けて君の姿を見た時、愕然としたよ。

君は急に、人の言葉を流暢に話し出した。それだけじゃなく、身体いっぱいに憑かせていた俺の『オーラ』も、たった二週間足らずでこんなに薄れてたんだからねぇ」


「オーラ、ですか……?」


私は聞き慣れない言葉に首をかしげる。

するとエドガーは、食事中にも関わらず、急に立ち上がった。

そして薬草やら鉱石やらでグチャグチャのデスクから、スケッチブックを取り出す。


「丁度良い機会だ。ここで、天才呪術師の俺からキミに、呪術とはなんたるかを説明するよ!」


彼の右手には羽ペンが握られている。

その瞳は「よくぞ聞いてくれました」と言わんばかりに輝いていた。

どうやら私は、彼の中にある何かの引き金を引いてしまったようだ。


エドガーは、スケッチブックに図を描きながら、解説をする。


「まず、魔術と呪術の違いを説明しよう。魔術ってのは、自分の血中にある魔力を火や雷に具現化し、放出する能力のことだ。

魔力は生まれつき持っている人といない人がいるから、すべての人間が魔術を使えるわけじゃない」


そう言いながらエドガーは、大変かわいい女の子魔術師が指先を突き出し、「えいやっ」と叫ぶ絵を描く。

その上から赤のチョークで体内から指先、そして外に放出される魔力の流れを描き足すのだが、私は絵のファンシーさの方に、思わず気がいってしまう。


「一方、呪術っていうのは、己の負の感情をオーラとして具現化し、対象者に憑依させるものだ。

負の感情なんて、誰にでもあるものだから、呪術は魔術と違って、技術さえ習得すれば、誰でも使えるようになる。

オーラに込められた『怨念』の内容によって、憑依された対象者に生じる変化は異なる。

相手の身体の不調をきたすってのが一般的だとは思う。

けれど、俺のようにある程度呪いをコントロールできるようになれば、おとぎ話にあるように、対象者を操り人形のように操ったり、カエルやロバのような異形の姿に変えることだってできる。

呪術でなにができるのか、については、俺自身もまだ研究段階なんで、全部分かっているわけではない」


説明しながらもエドガーは、次に格好いい呪術師が「えいやっ」と叫ぶ絵を描く。

今度は呪術を受ける「対象者」の絵も描かれており、そちらの彼は氷枕をしながら床に伏している。

呪術師がエドガーに、対象者が父に似ているのは、おそらく気のせいではない。


エドガーは、呪術師たちの絵にも、青いチョークで呪術の流れを書き入れる。

呪術師の指先から出た呪いを表す線は、対象者の身体をぐるりと取り囲んでいる。


これがおそらく、彼の言う「怨念をまとったオーラ」なのだろう。


「俺はこの十数年間、長期持続可能な呪術と、そのバリエーション、つまり、なにが出来るか、について研究してきたんだ。

何度か実験をして確証を得たところで、キミに呪いをかけた。

なのに、こんなにオーラが薄れるなんて、正直言って、想定外だよ。

だって、実験がてら、屁の呪いをかけた薬屋のオヤジなんて、三年経っても未だにオーラが張り付いている。今も俺の意思で、奴にいつ何時でも、自由に屁をこかせられるんだぜ?」


エドガーは真面目顔で腕を組む。

不憫な呪いをかけられた薬屋さんに同情しつつ、私は問う。


「ではなぜ、私の呪いは解けかけているのでしょうか?

呪術を行った時の天候や、エドガーさんの体調が原因で、呪術が弱まったのでしょうか?」


すると彼は「絶対にそんなことはない!」と声を張る。


「コレット嬢にはわからん話だと思うが、俺のゼストに対する恨みは計り知れねないんだよ?

それだけを原動力に、この十数年、こんな辺鄙な場所で一人研究してきたんだ。

薬屋のオヤジに対する恨みとは、質も量も段違いなんだ。

なのに、こんな短期間で解け始めるなんて……」


うなだれるエドガーを目の前にして、私は小さく唸る。

そこまでの呪いが数週間で解けてしまった理由が、全くもって思いつかない。


するとエドガーは、急に自らの人差し指を私の鼻先に突きつけた。


「俺の呪術に問題がないとすると、多分、キミの方に問題があるんだ」


「私に、ですか?」


思いも寄らない言葉に、瞼が大きく持ち上がる。


「君、さっき、魔術が使えないって理由で、ゼストから迫害されてたって言ったよな?」


「は、はい」


「でも、魔力はあるんだよな?」


「はい。あるようです。アルハイム家の人間は、生まれてすぐにその検査をされるのです」


その検査の結果魔力があることが判明したので、新生児の私は、その時点では捨てられずに済んだ。

だけれど、成長し、訓練を開始しても、私は一向に魔術を使えなかった。


だから父は、段々と私に苛立ちを感じるようにになったわけなのだけれど。


「その魔力さ、炎や雷に具現化できていないだけで、なんか別のところで使われているんじゃないのかい?」


エドガーの問いに、私は目を丸くする。


「別のところ……?でも、魔力は、炎や雷に変換して放出するための力、ですよね?

それ以外に使い道なんてあるんですか?」

するとエドガーはスケッチブックをデスクに置き、代わりに戸棚から一冊の本を取り出した。


「俺たちの国では、火や雷への具現化が常識だと思うけれど……。

古代の文献に、『魔法樹』の記載がある。魔力を持っている木のことだな。

その木は、もちろん木だから自らの魔力を自らの意思で放出することはできなかった。

が、その樹はどんな災害が起こっても、絶対に倒れなかったらしい。

人が切り倒そうと試みたこともあるが、斧を入れた瞬間に、その者に電流が走り、誰も切れなかったそうだ。つまり、樹は魔力を『身を守る行為』に全振りしてたんだよ」


エドガーは該当のページを見つけたのか、その場所を開き、私に見せた。


そこにはお城なんかよりもずっと背の高い、巨大樹の絵が描かれている。


「身を守るためだけにに、魔力を使う……?」


「あぁ」とエドガーは頷く。

いつも読んでいただきありがとうございます。麦野です。

今回は、小難しい「呪術と魔術の違い」についてのお話でした。

堅苦しいので、そこまで深く考えずに「ふ~ん」くらいに読み飛ばしていただければと思います。


毎度毎度で申し訳ございませんが、☆の評価や感想等いただけると非常に励みになります。



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