18:呪いが解ける、ということ
エドガーは一旦ベッドの上に置いた。
そして自らも椅子に座り直すと、再び口を開く。
「しかし、そうと分かれば、君には悪いことをしたなぁ。
俺が狙うべきは、かわいそうなキミではなく、リネット嬢だったわけだろ?
つまりは、リネット嬢を猫にすれば、俺は当初の目的を達成できるわけだ。
俺は気を取り直して、本物のリネット嬢を狙う必要が」
「え、あ、ちょっと待ってください」
思わず言葉を遮る。
不意に涙をこぼしたことで、本来の目的が遠ざかってしまっていたが、そうだ。
私がここに来た目的は、エドガーに自らの過去を打ち明けるためも、哀れんでもらうためでもない。
呪いの矛先がリネットに向くことを阻止するために来たのだ。
「あの、私がこんなことお願いできる立場ではないことを、重々承知はしているのですが、
リネットを標的にするのは、やめてもらえませんか?」
急に私が声を張ったものだから、エドガーは目を丸くする。
「え、なんで?ゼストがリネット嬢を溺愛しているってのは、事実なんだろ?
そんな姉妹格差をつけられていたなら、キミだって彼女に思うところはあるだろう。
リネットを猫にして、ゼストを跪かせる。それでこそ完璧な『ざまぁ』ってもんだろ」
「ち、違います!」と、私は必死に顔を振る。
「私は、父には思うところがありますが……、リネットには、そのような感情を抱いていません。
確かに、父の愛を一身に受ける彼女に、嫉妬心を抱いたこともあります。
けれど、そもそも私は彼女と同じ空間にいることが許されていなかったので、
そこまで嫌い合う仲、という訳でもないのです。
むしろ、最近では、彼女に同情の念すら感じているのです」
「同情、なんで?」
エドガーの問いに、私は瞬間、唇を結ぶ。
ここからが、今回の訪問の「本題」だ。
慎重に話さなければ。
私は深呼吸をした後に、口火を切った。
「今回私がここに来ることとなったきっかけは、リネットの魔術騎士叙任式が開催されるというニュースを聞いたからです。
それが開催されれば、私がリネットでないこともバレるだろうし、あなたは本物のリネットを狙うだろうと私は思いました。
それを阻止するために、今日ここに来たのです。
彼女は、まだ十四歳という若さにも関わらず、戦場に駆り出される『騎士』になることが決定しました。
しかも、叙任式は民衆に公開される形で行われます。
私が猫にされて、リネットにもその危険性がある、と理解した上で、父は式を強行しようとしています。
もし父が、彼女を一人の娘として溺愛しているのであれば、そんなこと、行うでしょうか?」
すると、エドガーは腕を組み、目を閉じる。
「確かに……。本当に娘がかわいいのであれば、そんな年齢で騎士団に入れないだろうし、叙任式も公開ではしないよね。
なんつーか、どっちかっていうと『こんな優秀な娘がいる俺、どやっ?!』みたく、自分をアピールしたいだけって感じがする」
「私も、そう感じるのです。
だから、見方を変えてみれば、リネットだって父の『被害者』なわけで、そんな彼女が、私のように父のとばっちりで呪われてしまうのは、なんとしてでも止めなくてはいけない。
そう考え、私はここまで来たのです」
私の言葉に熱が籠もる。エドガーは「確かに」と頷いた。
「つまり、話を整理すると、キミも妹も、ゼストにとってはただの駒だってわけだろ?
それが分かった状態でリネットを猫にしても……後味も悪いわなぁ」
そう言いながらエドガーは、手を頭の後ろで組み天井を仰ぐ。
しばらく続く沈黙。きっと彼は、妹を呪うか呪わまいか、逡巡しているのだろう。
私は鼓動の高鳴りを感じながら、じっと彼を見つめ、判決を待つ。
懐中時計の秒針が何周かするほどの間の後、エドガーは大きなため息をついた後に口を開く。
「……仕方ない。分かったよ。コレット嬢。
『娘に呪いをかけ、ゼストを跪かせる作戦』は、一旦白紙に戻そう」
「ホントですかっ!!!」
思わず叫ぶ。
「あぁ、本当だ。約束する。
あんたら姉妹が父親と同じくらいの性悪リア充だったら話は違ったんだがな。
キミの話で、あんたらも俺と同じく、あいつに利用された側だということがわかったから。
可哀そうな人間を巻き込むのは本意じゃない。俺の目的はあくまでゼストだからな」
その回答を聞き、一気に身体の力が抜けた。
そのまま、ヘナヘナとベッドに倒れ込む。
一時は、刺し違える覚悟を決めていたわけだけれど、なんとか私は、目的を達成することができた。
「自らの過去を語り、同情を買ったことで、結果的に目的を阻止できた」だなんて、
ただ偶然が重なっただけという気もするけれど。
しかし、希望が叶ったという点では変わりない。
目的を果たせたと思った瞬間、安心してへたり込んでしまった。
「……となると、また新しい『ゼストにざまぁ計画』を考える必要があるな~。
あいつを猫に、いや、本人にかけるなら、いっそ蚊やゴキブリの方がいいか。
でも、まだ俺、そこまで呪術完成させてないからなぁ。また一から研究するかぁ」
エドガーはブツブツと一人でつぶやいている。
父を呪う計画など、本来ならそちらも阻止すべきなのだろうけれど、そういう気持ちは自然と湧かない。
自分の中で、何かが変わり始めていることに気がついた。
「それにしても、キミには悪いことをしたな。
ゼストの復讐計画に巻き込んでしまって。
でも、ま、キミへの呪いが解けかけていることは不幸中の幸いだ。
あと二、三日もすれば自然と人の姿に戻れるだろう」
そう言いながら私に向き直るエドガー。
私はその瞬間、自らが直面していたもう一つの問題を思い出す。
「人間に戻った後、どうするか」という問題だ。
「やっぱり、このままだと私、人の姿に戻るのですか?」
私は、エドガーの言葉をそのまま繰り返す。
「あぁ。状況からみて間違いない。いやぁ、良かったよ。ぶっちゃけ、呪いの解き方はまだ研究途中なんだよね。だから、キミが自然にあるべき姿に戻れそうで、良かった」
あるべき姿、それはもちろん、人間の姿であることを表している。
「そう……ですよね。あるべき姿……人に、戻るべき、ですよね」
歯切れの悪い返事に、裾をまくっていたエドガーの手が止まる。
「何?そのビミョーそうな顔。嬉しくないの?」
そう問われ、私は言葉に詰まる。
――いつまでも一緒にいたいものですね、ポラリス。
不意に蘇るのは、ルドルフ様の柔らかな笑顔。
人に戻ってしまえば、私は二度と、彼の元に帰ることはできない。
いつも読んでいただきありがとうございます。麦野です。
最近、少しずつブックマークや評価を頂ける回数が増えています。
私は、一応は出版させてもらっているものの、まだまだしがない、駆け出し作家です。
「発刊されたはいいけれど、私の本を読んでくれる人など、果たしているのか……?」
なんて気持ちを持ちながら、日々お話を書いています。
だから、今回、このお話でなろうデビューを果たしたわけですが、
「ポイントつかなくて当たり前」「ブックマークも0で当たり前」な日々を送っていました。
でも、ここ2、3日、ちょこちょこ評価等をいただいて……。
読者様の反応が分かるというは、こんなにうれしいものなのだな、と実感しております。
本当に、本当に、感謝しています。
いつも読んでくださり、本当に、ありがとうございます。
今後もコレットとルドルフの行く末を見守っていただければ、幸いです。




