17:意外な味方
彼の眼差しに戸惑いつつも、私は続ける。
「の、呪いが急に解け始めたのは、本当に自動的、というか、原因はわかりません。
ただ、一つ言えるのは、呪いが解けた原因は、父が私に何か施してくれたから、ではありません。
私は、見捨てられた存在なので、私が猫になったところで、彼の人生にはなんら影響がないんです」
胸の痛みに堪えながら、私は振り絞るように告白した。
いつの間にか椅子に腰掛けていたエドガーは「そうかぁ」と頷く。
そして、大きなため息を一つ交えた後に、話し始めた。
「……俺はね、キミに呪いをかけた後、今か今かと期待していたんだよ。
ゼストが俺の前に現れるのを。
奴がキミの呪いを解こうとしているのであれば、真っ先に俺のところに来るはずだった。
だって、猫にするなんて芸当、呪術師の俺にしかできないことだってのは、皆分かるだろうから。
それに、俺が混沌の沼地を根城にしていることは、魔術師達は知っているはずだ。
なのに、彼は来ない。どころか、使いの者も、誰も来ていない」
私は黙って俯く。
エドガーは小さく息を吐くと、「前も言ったと思うけどさ」と続けた。
「俺の目的は、アルハイム家の娘を猫にすることじゃない。キミに危害を加えることでもない。
本来の目的は、ゼストを跪かせることなんだ。
あいつは学生の頃から、傲慢で、自己中で、他人を自らの駒のようにしか考えていない最低なやつだった。
俺も昔は、やつの研究を手伝ったことがあった。
が、用済みになればポイ。
なのに手柄だけは見事に掻っ攫われたんだ。
そんなあいつを、俺はギャフンと言わせてやりたくてね。
だから、ゼストに直接、ではなく、あえて『溺愛されている』という娘に呪いをかけた。あいつが俺の小屋を訪ね『どうか娘を元の姿に戻してくれ』と縋ってくる姿を見たかったんだよ。
なのに、いくら待っても奴は現れない。不思議に思っていたところだったが、なるほど、理由が分かったよ」
エドガーはうなだれながらも、ちらりとこちらを見る。
私はとっさに顔を伏せた。
「……リネ、いや、コレット嬢、だったか。
キミにはなんだか、悪いことをしたな。巻き込むだけ巻き込んでさ。申し訳ない。
辛かった、よな」
不意に、優しい言葉が投げられる。
本当に思わぬ言葉で、私は瞼を見開いた。
(……辛かったって、言った?)
瞬間、今まで父から受けた仕打ちの数々が、走馬灯のように蘇る。
声を上げそうになり、私は思わず、前足で口を塞ぐ。
口を押さえたおかげで、声は出なかった。が、代わりに静かに頬を伝ったのは、生暖かい液体。
そう、猫は本来流すことができないはずの、「涙」が、一筋流れ落ちたのだった。
「ちょ、大丈夫か?コレット嬢!」
エドガーは急に慌てふためく。
――辛かったよな
その一言は、乾いた私の心に想像以上に深く沁みた。
というのも、不出来な私が冷たくあしらわれることは、どこか仕方がないことなのだと、自身に言い聞かせている節があったからだ。
私の中で、父という存在は絶対だった。
魔術学校を主席で卒業した父。若くして数々の業績を残し、王国の魔術史にその名を刻んだ父。
今では、軍部の主要な会議にも呼ばれるくらい、この国で確固たる地位を築いている父。
屋敷の中では、すべての人が父にひれ伏していた。
それほど父は偉大なのだと、私は生まれた時からそう信じ込んでいた。
そんな父に、存在を否定され続けた、私。
私は、自分自身が本当に無価値な人間なのだと、物心ついた時から思っていた。
だって、そんな立派な人からゴミのような扱いを受けているのだから。
なので、屋敷を追い出されたあの時も、半ば仕方がないと諦めていた。だって、悪いのは「無価値である私」の方なのだから。
だけどエドガーは、堂々と父を非難し、私に哀れみの気持ちを向けてくれている。
その瞬間、しっかり閉めていたはずの蓋が、ガタンと音を立てて開いた気がした。
そうだ、私は辛かったのだ。
お屋敷で、たった一人で、孤独で、寂しくて、誰かに愛情をかけてほしくて。
「おいおい、猫は涙なんて流さないだろ、フツー。これも呪いが解けている証拠か、くそっ」
私はいつの間にか、涙をポロポロと無数にこぼしていた。
エドガーは、頭をかきむしりながらも、デスクの引き出しから何かを取り出す。
「ちょ、わかった。わかったから。
とりあえず、涙拭いて、涙。鼻水もダラダラで……。あーあ。ベッドの上に置くんじゃなかった」
エドガーはボロ布を突き出すと、私の顔を乱暴に拭いた。
あまりに力が強くて私はくしゃみをする。気がつくと、足下のシーツは、涙やらよだれやらで、ぐっしょりと濡れていた。
「あ……、すいません。こんなに汚してしまって」
「無理してしゃべんなくていいよ。
それにしても、あんのクズは……相変わらずというか、全く昔と一切変わりねぇなあ、おい」
彼は呆れたようにフンと鼻息を鳴らす。
そして布をデスクに置いた後、真正面から私を見た。
「今まで苦労したんだな、コレット嬢。
涙が止まらないのも、仕方ない。……俺には分かるよ、おまえさんの気持ち。
いやぁ、そんな虐げられた環境の中で、よくぞここまで生き抜いてこれたなぁ。
俺、なんか感動したよ。
それにしても、本当にかわいそうに。散々見下され、蔑まれ、おまけに猫にまでされてなぁ」
いや、猫にしたのはあなたなのでは……?と一瞬思ったが、私は黙っていた。
「俺もな、学生時代、散々あいつに見下されたんだ。
ひどい思いもしたし、煮え湯も飲まされた。
だから、俺とおまえさんは、ある意味、同志だ。あの腹黒クズ野郎の本性を知る、同志。
だからな、コレット嬢」
そう言うと、エドガーは不意に私を抱き上げる。
そして、何かを宣言するかのように告げた。
「俺は今日から、キミの味方になることにする!呪術師が味方だなんて、心強いだろ?だからもう、泣くのはよせ」
そうやって眉間に力を入れるエドガー。
その想定外の言葉に、私はぽかんとしながらも瞳を見つめ返した。
冷静になると、涙も徐々に、乾いていく。
そしてこの状況が、予想外の不思議な展開であることに気がつく。
エドガー・ロウ。
彼はつい数時間前までは、私の「敵」だった。
そんな彼が、いつの間にか、私を励まし、笑みまで向けてくれている。
「味方になる」とまで言ってくれている。
そういえば、エドガーは最初に会った時、「呪術は人の感情を源にしている」みたいなことを言っていた。
感情の起伏が激しい彼は、やはり「呪術師」に向いているのだろうか。
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行動を起こしたコレットの行く先を、見守っていただければと思います!




