16:告白
「え、ちょ、ほんと?マジ、ねぇ、マジ?!あっ、メガネ、メガネ!」
エドガーは後ずさりながら、棚に手をやり小さな丸メガネを手に取ると、
それを付け、再び這うようにこちらに出てきた。
「も、もう一度、しゃべってみ?ほら」
エドガーは、私の額を人差し指でちょんと突く。
私は「お久しぶりです。エドガー、さん」と、背筋を伸ばして告げる。
できるだけ堂々した振る舞いを心がけながら。
「私のことを、覚えていらっしゃいますか?
私は、ゼスト・アルハイムの娘、コレット・アルハイムです。断罪の森で、あなたに猫の姿に変えられたものです」
するとエドガーは、「え」と声を上げ、目を大きく見開く。
「コレット・アルハイム?俺が呪いをかけたのは、コレットじゃなくてリネットなんじゃ」
「あ、ええと、そのことも含めて、今回はお話があり、参りました」
「つーか、なんでそんな流暢に言葉を話しているんだよ?!俺はキミに、一生元に戻れないような呪いをかけたはずだが?!」
エドガーは困惑した様子ながらも、「と、とりあえず入れよ!」と言いながら私の首根っこをつまむ。
そして小屋の扉を開くと、そのまま慌てた様子で、私を部屋の中へと連れ込んだ。
部屋の中は、正直綺麗とは言いがたかった。
デスクにはしおりの挟まった本が山積みになっていて、床には服やら小瓶やらが散乱している
。戸棚にはいくつもの薬瓶や標本が置かれている。窓際には薬剤を作る途中なのであろう、沢山のドライフラワーが逆さ向けにつるされていた。
エドガーは、私をベッドの上に置く。
そして、自らは傍にあった椅子に腰を下ろした。
「ちょ、ちょっと、説明してよ、この状況を!なんでキミは、言葉を話すことができるんだ?一体何をしたんだ?!」
混乱しているのか、彼は大きな身振り手振りを交えて尋ねてくる。
今回私が彼を訪ねたのは「リネットへの襲撃を阻止するため」だ。
けれど、ここまでエドガーが心を乱していては、話すら聞いてもらえない可能性が高い。
そう思った私は、先に「呪いが解けかかっているという現在の状況」を彼に説明するとにした。
彼が今の状況を受け入れた上で、徐々に本題に移ろうという作戦だ。
「……自分でもわかりません。今朝、突然話せるようになったんです。毛も抜けてきたし、実は二足歩行もできます」
そう言いながら私は、ひょいと腰を上げた。
と同時にエドガーは「マジでぇぇぇぇ!!!!」と叫びながら立ち上がる。
「まて、いや、なんでこんなことになってるんだよ?!俺の呪いは一生物のはずだ!!!それなのに、たかだか数週間でこんなことになっちまって。
これじゃあ呪いが完全に解けるのも時間の問題じゃないか!!!」
彼は大声を上げながら、頭を抱え、膝から崩れ落ちる。
どうやら私への呪いは、本当に解けかけているようだ。
弱々しい声でエドガーが続ける。
「……この呪術に、俺がどれだけの労力を費やしてきたか、分かってんの?
毎日毎日、寝る間も食う間も削らず、頑張ってきたのにさぁ。これでやっと、ゼストに一泡吹かせられると思ったのに、この有様だなんて……。
分かる?張り裂けそうなこの気持ち!!なぁ、俺、めちゃくちゃかわいそうじゃない?!」
縋るような目でこちらを見つめる彼に、私は思わず「はぁ」と答えてしまう。
呪術をかけられた時は本当に怖かったはずなのに、今はなんだか、不思議と彼が哀れに見えてくる。
「……だからゼストも俺を訪ねてこなかったんだな。
ほっといても呪いが解けそうだから。愛娘のリネットに呪いをかければ、奴は必ず俺に縋り付いてくると思っていたのに……」
暗い表情で落ち込むエドガーに、私は恐る恐る声をかける。
「あの、それは違います。……先程も申し上げたのですが、私、リネットではありません。
私の名前はコレット・アルハイム。アルハイム家の長女です」
「へ」と、エドガーが顔を上げる。
「そういえばさっき、そんなことも言っていたような……。でも、アルハイム家の娘はリネット・アルハイム一人だと聞いていたけれど」
「世間には公表されていないのですが、私が長女です。リネットは妹です。
父があなたを訪ねてこなかった理由は、呪いが解けかけているから、ではなく、私のことなど、どうでもよかったから、だと思います」
「私と父の関係」という内々の繊細な事情を、敵である彼にどこまで説明すべきか、測りかねるところではあった。
本来なら、そこまで深く話す必要などないのかもしれない。
だけれど、変に隠せば、不信感を持たれる可能性だってある。上手くはぐらかす術を持たない私は、結局、最初から正直に全てを打ち明けることを選んだ。
私の話に関心が向いたのか、エドガーは、急にむくっと身体を起こす。
「どうでもよかったって……それは、どういうこと?」
涙を拭い、こちらを見つめるエドガー。私は唾を一飲みした後、話し始める。
「わ、私……、本当は長女のはずなんですけれど、公には存在を隠されていたんです。
私が、魔術師の家系に生まれたにもかかわらず、魔術が使えない『できそこない』だから。
父は、昔から私を疎んでいました。一族の恥だと言っていました。
だから、私が猫にされても、父は動じませんでした。
どころか、厄介払いとでもいうかのように、屋敷から追い出しました」
改めて言葉にすると、胸がキリリと痛む。
私は自らを保つためにぎゅっと拳を握る。
ふとエドガーの方を見ると、彼は目を丸くしながら私を見つめていた。
そして、「無理のない範囲でいいから、続き、話せる?」と、真剣な声で告げた。
いつも読んでいただきありがとうございます!麦野です。
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行動を起こしたコレットの行く先を、見守っていただければと思います!




