15:再開
次の日の朝、私はルドルフ様が午前の仕事を出る際に、一緒に部屋を出た。
もちろん、彼に気がつかれないように、だ。
部屋の扉は一度開きさえすれば、後は重みで自動的に閉まる。
それを知っていたので、私は彼が扉を開き、それが完全に閉じきる瞬間に、身体をその隙間に滑り込ませた。
そして、物陰に隠れながら、誰にも見つからないようにソロソロと城内を進み、外に出た。
お城を後にする際に、最後に一度振り返り、その威厳ある構えを仰ぎ見る。
つかの間の生活ではあったけれど、お城での暮らしは楽しかった。
でも、私の身体が人間に戻ろうとしている以上、もう、ここにはいられない。
ルドルフ様が愛しているのは、あくまで「子猫のポラリス」であって、私ではない。
そこを勘違いしてはいけないのだ。
――できればずっと、一緒にいたいものですね。ポラリス。
名前を付けてもらった日の、ルドルフ様の笑顔が蘇る。
この数日間で、彼の孤独や城での状況は、輪郭だけではあるが、理解しているつもりだ。
そんな彼を置いて、恩も返さないまま城を出ることに、後ろめたさを感じないわけではない。
心が締め付けられる心地がしたが、私は気持ちを振り切るように、城に背を向け、駆けた。
私が突然姿を消せば、ルドルフ様は悲しむかもしれない。
でもそれはきっと、一時のことだ。
新しい猫でも迎えれば、彼は多分、私のことなど忘れる。
街に行けば代わりの猫など、いくらでもいるのだ。
自分の存在を過大評価してはいけない。そう思いながら、私は走り抜けた。
足は完治していないものの、昨日よりは強く地面を蹴ることができる。
目指すは、エドガーが住む「混沌の沼地」。
私の身体は小さいので、すぐにバテる。
野犬等に狙われたらひとたまりもない。その辺りも考慮しつつ、私は走った。
他人の敷地を横切り、時に休み。
それらを繰り返すこと数時間。
匂いで段々と、大気の湿度が高くなっていくのがわかる。
沼地が近づいてきたのだ。
沼地は、当たり前だが地盤が緩い。
建物を建てても、雨が降ればすぐに水に浸かり駄目になるため、誰も住みたがらない。
だから家のようなものは、ほとんどなかった。
そっと、水面の方に目線を送る。沼には芦が生い茂り、泥は深く、底が見えない。
よって、様々な不要品がこっそり、この沼地に捨てられる。だからいつしか『混沌の沼地』などと呼ばれているのだ。
湿り気を含んだ独特の匂いを嗅ぎつつ、進むこと数分。
長く伸びるススキの葉をかき分けながらたどり着いたのは、船着き場の付いた一軒の小屋だった。
それは、まるで船屋のように、沼の上に建てられていた。
木で組まれた足場が、沼地から生えるように顔を覗かせている。
草の間から顔を覗かせていた私は、おそるおそる、その小屋に近づいていく。
小屋は、古いログハウスのようだった。
落ち着いた外観を持つそれは沼地の景観に馴染んでいた。
窓はすべて磨りガラスなので中は見えないが、汚れている風ではない。
船着き場には、釣り竿が仕掛けられたままだ。これで魚を取っているのだろうか。
私は唾をゴクリと飲み込んで、木製の足場にその一歩を踏み出した。
ギィ、と床板が小さくきしむ。
木は、しっとり水分を含んでおり、私の肉球を湿らせる。
柔らかな床板に私の爪が食い込む。
私はそのまま、ギィ、ギィと音を鳴らしながら、そろりそろりと小屋の正面を目指した。
そして入口と思われる大きめのドアの前に立つと、私はゆっくりと深呼吸した後、声をかけた。
「エドガー・ロウ様、いらっしゃいますか?」
久々に人間の言葉で大声を出した。が、それは思いのほか通った。
小屋の中からコツコツと足音が聞こえてくると、その直後、ドアがギィと音を立てて開いた。
「なに~?郵便屋さん?俺、今まで寝てたんですけどぉ」
ポンポン付きの可愛らしい三角帽子をかぶった男性が、目をこすりながら出てくる。
薄紫のくせ毛が日光に透けている。
服はパジャマ。ピンク色のそれとナイトキャップの色は同じだった。
時間的にはすでに正午を過ぎていると思うのだが、彼は依然として眠そうだ。
前回会った時も思ったことだけれど、やはり彼は、どこか緊張感に欠けている。
私は、宿敵と表してもよい相手と再び対面しているにも関わらず、その姿を見て、少し気が脱けた。
「あれ、誰もいないじゃん」
エドガーは不機嫌そうに周囲を見回しながら、眉をしかめる。
私はすかさず、
「こ、ここです!」
と叫んだ。
「ん……?猫?えっ」
エドガーはしゃがみ込むと、私の鼻先まで顔を近づけながら、こちらをまじまじと見つめる。
そして、「えぇぇぇぇぇ!!!猫がしゃべったぁ?!?!」
と、大げさに後ろ向けに倒れ込んだ。
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