14:解けかけの呪い
(……私、しゃべれるようになったの?)
と、その時だった。ドアノックの後入ってきたのは、ルドルフ様だ。
「会議が、思ったより長引いてしまいました」
そう言いながら、ルドルフ様はそっと私を抱き上げた。
「確か、ベッドの上にあなたを置いて出たと思うのですが、床にいるということは、自分で下りられたのですか?」
そう話しかけるルドルフ様に、私は口ごもる。
普段なら「そうです」の意を込めて「ニャー」と返事をする私なのだが、今、安易に口を開くことはできない。
「それともメイドが下ろしてくれましたか?まぁ、どちらでもかまいませんが」
ルドルフ様は、柔らかい眼差しで微笑みながら、私の顎の下に指を這わす。
この撫で方はとても心地良く、普段なら思わず「ニャフ」などと間抜けな声を上げてしまうが、今日の私はそうはいかない。
必死で唇を閉じる。
その不自然さに気がついたのか、彼は私をベッドの上に置き、「ポラリス?」と尋ねた。
「あなたは、よく鳴く猫だと思っていたのですが、今日は鳴かないのですね。具合でも悪いのですか?」
そう首をかしげる彼にも、私は何も言えない。
ルドルフ様は、ますます不審に思ったのか「無理に外に出したのが良くなかったでしょうか」と、顎に手を添え、考える。
本当は「大丈夫です、私は元気です!」と、力一杯告げたいところだ。
が、そんなこと、できるはずもない。
「に、にゃー」
とりあえず、返事だけでも試みようと、私は、私が思う精一杯の猫の声真似をしてみた。
が、明らかに不自然だ。
実際、ルドルフ様も瞼を大きく持ち上げ、驚いたような表情をしている。
「あなた、いつもと声が」
彼がそう言って手を伸ばした瞬間、私は捕まるまいと身を返し、ベッド上に大きくジャンプした。
まだ慣れないため落ちそうになったが、前足の爪をシーツに引っかけてなんとかよじ登る。
そして身体をくるりと丸めると、目を閉じ、「狸寝入り」をした。
「ポ、ポラリス?」
様子をうかがうため、そっと薄目を開けてみる。
ルドルフ様は心配そうにこちらをのぞき込んでいたので、私は強く目を閉じ、スウスウと寝息を立てるふりをした。
「寝てしまった、のですか……。まぁ、久しぶりに動き回って、疲れているのでしょうね。ゆっくりと休んでください」
ルドルフ様はそう私に声をかけた。
彼が部屋を出たのを確認してから、私は再び目を開ける。
(なんとかやりすごせたけれど、いきなり言葉が話せるようになるなんて、どういうこと?)
思考が、今の状況に全く追いつかない。
というのも、エドガーは私を呪いにかけた際、「君は一生このままだ」と言っていた。
だから私自身も、てっきりそうなのだろうと、人間に戻ることをすでに諦めていた。
なのに、呪いをかけられてからたった二週間足らずで、言葉が話せるようになった。
これはおそらく、エドガーにとっても想定外のことなのだろう。
(……これってつまり、私の呪いは、解けかけている、ということ?)
まさかね、と思いながらも再び鏡の前に立ってみる。
そして、頭から足先まで一通り姿を確認した後、その場でぐるりと小さく一周する。
胴回りや下半身にも、異変がないか確かめるためだ。
と、その時だった。ふわりと埃のようなものが、宙に舞う。
なんだろうと足を止め、凝視してみると、それは灰色の毛のようだった。
それはふわふわと床に落ちていくが、その途中で突然、魔法のようにふっと消えてしまった。
(今のって、まさか、私の毛?)
毛が、抜け落ち、消えていく。
状況を悟った私は、鏡の中の自分を真っ直ぐ見つめながら、そっと後ろ足に力を入れてみる。
そして、前足の重心を徐々に腰に持っていき、床からゆっくり、手を離す。
(これって……!?)
鏡には、二足で立っている子猫の姿が映っていた。
と同時に、予想が確信に変わる。
(私の呪いは、やっぱり解け始めているんだ……!!)
猫から人間の姿に、戻ろうとしている。
その事実を突きつけられて、私はただ唖然とする。
(今は、ただでさえリネットのことで頭がいっぱいなのに、どうしてこのタイミングで?!)
自由に使えるようになった前足で、私は頭を抱える。
今、一番に考えるべきは、リネットの魔術騎士叙任式についてだ。
このまま式が開催されれば、エドガーは必ず、彼女を狙う。
一方で、私自身のことも問題だ。
猫の姿だったからこそ私は、ルドルフ様に拾ってもらうことができた。
人間の姿に戻ってしまえば、私はこの城にいることはできない。どころか、不法に城に潜伏していた罪で、罰せられる可能性だってある。
突然同時に現れた二つの問題を処理しきれず、私は床にへたり込む。
解決策を考えるも、良い案は全く浮かばない。
(……だめよ、コレット。混乱していては。まずは物事を整理しないと)
私は立ち上がり、両手で頬を叩く。そ
して、「しなければならないこと」を順に考えてみた。
(まず、いつ人間に戻るか分からない以上、もうお城にはいられない。お城から出ることは最優先事項……かな)
そう思った瞬間、ルドルフ様の顔が脳裏をよぎる。が、私はその表情を一旦頭から振り払った。
(次に、リネットを救う方法だけど……。今更叙任式を取りやめることは、多分、できない)
そう思いながら、自分で頷く。
公開叙任式は、父がすでに決定したことだ。彼はおそらく、リネットに危険が及ぶ可能性も考えた上で、それでもなお公開叙任式の開催を決めている。父にとっては、リネットの安全よりも、アルハイム家の権威を外に示す事の方が重要なのだ。そんな父に、今更私が叙任式の中止を呼びかけたとしても、それが実現する可能性はゼロに近い。
叙任式が中止できないとすると、あと考えられる手としては。
(エドガーの、説得?)
そう考えがよぎり、私はまたもや頭を抱える。
確かに、彼がリネットを襲わなければ、この問題は解決する。でも、エドガーは私を猫にするくらい、父を憎んでいる。そんな彼が、娘である私の説得に応じるとは考え難い。
どうしようかと私は、再び床にへたり込んだ。と、その時、デスクの下に、羽ペンが落ちていることに気がつく。
(あれは、ルドルフ様がよく使っているペン……。掃除の時にでも落ちたのかな?)
そう思いながら、私は何の気なしにデスクの下に潜り込む。
物を運ぶ時、今までは口しか使えなかったが、呪いが解けかかっている今は前足が使える可能性があった。試しに私は、肉球に力を込め、右前足で羽ペンの軸に触る。そのまま指を曲げると、やはり、ペンを掴むことができた。私は猫の体制でそのまま椅子の上にジャンプ。さらにデスク上に飛び移り、羽ペンを机上に戻すことに成功した。
(物を掴めることができるなんて、これも、呪いが解けてきている証拠だな)
ふっと息を吐いた瞬間、私はふと、顔を上げる。
私は今、呪いが解けかけている。
つまり、すでに「非力な子猫の私」ではないのだ。
羽ペンを掴めたということはつまり、ナイフや鋏程度であれば掴めるのではないか。
細かな作業は無理でも、例えば、油断した相手に怪我をさせることくらいなら、できるかもしれない。
(エドガーの説得を試みて、もし無理なら、彼の手を……)
そう、私を猫に変える時、彼は指先から禍々しい光を放出させていた。
その手に怪我を負えば、彼の呪いを封じることができるのではないか。
別に、深手を負わせる必要はない。
叙任式の時にさえ呪術が使えなければいい。
叙任式が終わった後は、リネットは王国の魔術騎士として、城で主に生活することになる。
そうなれば、エドガーがリネットと接触することは難しい。
(これだ、この手しかない)
私は背筋を伸ばす。そして彼の言葉を思い出す。
――俺の住む『混沌の沼地』に……
そう、彼は、そこに住んでいるのだ。
(混沌の沼地……。大体の位置は分かる。
危険な場所だから足を踏み入れたことはないけれど、そこまで遠くは、なかったはず)
私は、ルドルフ様のデスクに立てかけられている地図帳を、前足で掴んで引っ張り出した。
そして沼地の場所を確認した。
(そこまで遠い場所じゃない。今の私の足でも、行ける)
私は一人、決意を固めた。
いつも読んでいただきありがとうございます!麦野です。
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いきなり話せるようになったコレットの行く先を、見守っていただければと思います!




