13:思いがけない言葉
エドガー・ロウ。父の「自称」ライバルであり、私を猫の姿に変えた呪術師。
緊張感に欠ける発言が多かったものの、こちらに向けた憎悪と、その呪術の腕は本物だった。
そんな彼が、再びリネットを狙う可能性がある。
そう考えただけで、心の底が寒くなる。
しかし、一方で思う。
私は、アルハイム家では虐げられていた存在だった。
食事も皆とは別だったし、使用人のような扱いだった。
父は、私が猫にされたと知っていながら、これ幸いとでもいった形で、私を屋敷から追い出した。
つまり私は、アルハイム家に見捨てられた存在だ。
そんな私が、アルハイム家の危機について、責を負う必要があるだろうか。
アルハイム家と私は、今やもう、関係ない。
だから、どうなろうと、知ったことではない。
そう考え、すっぱり忘れることだってできた。
……だけど。
私は、父に対しては思うところがある。
しかし、リネットのことを、特段恨んだことはない。
もちろん、父の愛を一身に受け、蝶よ花よと育てられた彼女に嫉妬心を抱いたことはあった。
けれど、私はリネットとあまり接点がなかったこともあり、彼女を嫌っていたということはない。
むしろ、期待を勝手に背負わされ、不自由な毎日を送る彼女を、哀れと思う時もあった。
今回、叙任式の話を聞いて、エドガーはどう動くだろう。
おそらく、その牙は父にではなく、リネットに向くはずだ。
彼は、父の一番大切な者を呪うことで、父にダメージを与えたいのだ。
(リネットはなにも悪くないのに、彼女が犠牲になるかもしれない……)
――猫さん、お願い。また、ここに来てくれる?私、友達がいなくて寂しいの。お父様やメイドさんは優しくしてくれるけれど、みんなが好きなのは、私の魔術の才能だけ。
屋敷を出る日の、リネットの言葉が蘇る。
彼女の声には、憂いが含まれていた。すがるような目で、私を見つめていた。
(……リネットに、危害がおよんではいけない。たった一人の姉として、私は彼女を守りたい)
そう強く思った瞬間、熱い何かが血潮と共に、身体に駆け巡る心地がした。
私が今、できることはなんだろう。私はベッドの上で姿勢を正したまま、ただ、考えを巡らせる。
しかし、良いアイデアというのは、早々すぐには思い浮かぶものではない。
そうこうしているうちに、掃除の時間になったようで、いつものメイドさんたちが部屋の中へと入ってきた。
「あら、あんた、おはよう。今日はベッドの上にいるのね」
「あれ、包帯取ったの?」
箒やぞうきん片手に話しかけてくるメイドさん。
そんな彼女に、私は俯きつつも、いつものように「おはようございます」と告げた。
告げたといっても、いつも通り「ニャー」と変換されると考えていた。
そう、そのつもりだった。のだけれど。
「おはようございます」
「えっ?」っと、メイドさんの一人が立ち止まる。
私はふと顔を上げた。
「ねぇ、今、おはようございますって、声しなかった?」
「えっ?あんたが猫に声かけたんでしょ?」
「違う違う、私、猫に『ございます』なんて話しかけないわよ。それに声は、ベッドの上からしたじゃない」
「え、じゃあ今の声って」
三人の視線がこちらに注がれる。
私は、今の状況が飲み込めず、ただ唖然としていた。
数秒の沈黙の後、メイドさんの一人が口を開く。
「そんな、猫が言葉を話すわけないじゃないの!聞き間違い、聞き間違い。
ほら、私たち最近色々あったでしょ?だから疲れてんのよ。さ、掃除掃除っ!!」
その他二人のメイドさんは「それもそうよね」と言いながら、各々の持ち場へと着いた。
皆が掃除を進める中、私は驚きのあまり、その場で呆然としていた。
(……今、言葉が、出た?)
そう、先程の「おはようございます」の声は、明らかに、人間の頃の私の声だったのだ。
でも私は、その現実をすぐには受け入れることができない。
(どういうこと?なんで今になって言葉が?
聞き間違い?気のせい?
でも、他のメイドさんも、ベッドから声がしたって言ってたし、つまり)
訳が分からず混乱している間に、いつの間にか掃除は終わったようだ。
メイドさんたちが退散した後、私は部屋にあった全身鏡の前に、おそるおそる立ってみた。
(姿は変わってないな……)
そこには、グレーの毛を持つ小さな猫がたたずんでいる。
私は息を深く吸い、吐いた後、もう一度言葉を発してみた。
「おはようございます」
その声は「ニャア」とは変換されず、人間の言葉として宙に溶ける。
(嘘……え、なぜ?なんで今更?)
鼓動が速まる。他の言葉を発してみても、その声は人の言葉として、口から出てきた。
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いきなり話せるようになったコレットの行く先を、見守っていただければと思います!




