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追放された死神ですが人間が汚すぎて魔王になりました  作者: 雪だるま


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9

 深夜。


 メセトラ王国・西兵舎。


 昼間は荒々しい兵士たちで騒がしい場所だったが、今は静まり返っていた。


 ……いや。


 本来なら静かだった。


「のだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 絶叫が響くまでは。


 バチバチバチバチ!!


 青白い霊火が兵舎中を走る。


 兵士たちの寝台。

 毛布。

 床。

 鎧。


 あらゆるものから黒い塵が浮かび上がり、空中で燃やされていく。


 兵士たちは廊下の隅で震えていた。


「また始まった……」

「夜中に急に掃除始めるの怖すぎる……」

「なんで魔王が寝具洗浄してるんだよ……」


 その中心で。


 銀髪の男――元死神、現・自称魔王レイが、鬼の形相で寝台を睨んでいた。


「のだぁぁぁぁ!!

 なんなのだぁこの汗染みぃぃぃ!!!

 寝ながら腐敗してるのだぁ!?」


 兵士たちが傷ついた顔になる。


「人間なんだから汗くらいかくだろ……」


「臭いのだぁ!!」


 レイは叫びながら霊力を叩き込んだ。


 ゴォォォォ!!


 黒い霊火が寝台を包む。


 なのに燃えない。


 汚れだけが消えていく。


 兵士たちはドン引きしていた。


「毎回思うけど、技術だけは神なんだよな……」

「なんでその能力を征服じゃなく掃除に使うんだ……」


 レイは涙目だった。


「嫌なのだぁ……

 嫌なのだぁ……

 吾輩、もう限界なのだぁ……」


 ポスン。


 レイは綺麗になった寝台に座り込んだ。


 黒翼は小さく萎れている。


 いつもの傍若無人さが妙に薄かった。


「のだぁ……」


 兵士たちは顔を見合わせた。


「……珍しいな」

「なんか弱ってる?」


 レイはボソボソ呟き始めた。


「最悪なのだぁ……」


「何がだ」


「吾輩、死なないのだぁ……」


 空気が止まった。


 兵士たちが眉をひそめる。


「……は?」


 レイは虚ろな目で天井を見上げていた。


「死神だから当然なのだぁ……

 寿命なんて最初からほぼ無限なのだぁ……」


「…………」


「追放するなら寿命も吸い取れなのだぁ……

 冥界のお馬鹿なのだぁ……」


 兵士たちは困惑した。


 普通、人は永遠の命を欲しがる。


 王ですら求める。


 神官たちは不老を夢見る。


 なのに。


 レイは本気で絶望していた。


「こんな世界で永遠に生きるのだぁ?」


 レイは震えていた。


「汗!!!

 口臭!!!

 埃!!!

 腐った歯!!!

 泥!!

 下水!!

 家畜!!

 うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 兵士たちが微妙な顔になる。


「なんか……」

「こいつにとって人間界って本当に地獄なんだな……」


 レイはガリガリ頭を掻いた。


「しかもぉ……

 人間、すぐ死ぬのだぁ……」


「……」


「吾輩だけ残るのだぁ……

 嫌なのだぁ……面倒なのだぁ……」


 兵士たちは静かになった。


 レイは寿命が見える。


 それは皆もう知っていた。


 街ですれ違うだけで、


「のだぁ?お主あと二年なのだぁ?」


 とか言うので最悪だった。


 しかも当たる。


 恐ろしく当たる。


 最初は誰も信じなかった。


 だが。


 予言された者は本当に死ぬ。


 事故。

 病。

 老衰。


 絶対に外れない。


 今や王国では、


『銀髪魔王に寿命を聞くな』


 が暗黙の了解になっていた。


 レイはボソボソ続ける。


「女王もぉ……

 あと六十年くらいなのだぁ……」


 兵士たちが凍りついた。


「お、おい」

「その話題は……」


 レイは気にしていなかった。


「短いのだぁ……

 人間、短すぎるのだぁ……」


 その声は妙に静かだった。


「すぐ死ぬくせにぃ……

 毎日ギャーギャーしてぇ……

 恋愛してぇ……

 争ってぇ……

 汗かいてぇ……」


「最後だけ悪口だろ」


「うるさいのだぁ!!」


 レイはキレた。


「嫌なのだぁ!!

 吾輩、永遠にこんな世界で生きるの嫌なのだぁ!!」


 バンバン床を叩く。


「冥界帰りたいのだぁ!!

 空気綺麗だったのだぁ!!

 みんな死んでるから腐敗しないのだぁ!!

 最高だったのだぁ!!」


「死の世界をそんな評価する奴初めて見たぞ……」


 その時だった。


「……ならば」


 静かな女の声。


 兵士たちが一斉に跪く。


「陛下!」


 そこにいたのは。


 夜着姿の女王ネフェルセトだった。


 長い黒髪を下ろしている。


 以前より艶がある。


 レイが毎日洗わせているからである。


 レイは嫌そうな顔をした。


「のだぁ……

 ちゃんと歯磨いたのだぁ?」


 第一声がそれだった。


 女王のこめかみに青筋が浮く。


「磨いた」


「本当なのだぁ?」


「三回確認された」


「うむ」


 レイは少し安心した。


 女王は静かにレイを見る。


「……お前」

「本当に永遠に生きるのか」


「のだぁ」


「老いないのか」


「たぶん」


「病にもならぬのか」


「ほぼならないのだぁ」


 女王は黙った。


 兵士たちも静かだった。


 永遠。


 それは人間には想像できない時間。


 だが。


 レイはそれを幸福と思っていなかった。


「のだぁ……」


 レイは綺麗になった寝台にゴロンと転がった。


「罰ゲームなのだぁ……

 絶対冥界の連中、笑ってるのだぁ……」


 女王はしばらく黙っていたが、やがて小さく口を開いた。


「……余は」


「のだ?」


「少し羨ましい」


 兵士たちが驚いた顔になる。


 女王は遠くを見るように呟く。


「王は死ぬ」

「国も滅びる」

「美も老いる」


「のだぁ」


「だが、お前は残るのだな」


 レイは数秒黙った。


 そして。


「嫌なのだぁ」


 即答だった。


「えっ」


「全然羨ましくないのだぁ」


 レイは本気で嫌そうな顔をした。


「ずっと掃除なのだぁ?

 永遠に人間の口臭と戦うのだぁ?

 地獄なのだぁ?」


 兵士たちがまた傷ついた。


「そこまで言うか普通……」


 レイは天井を見ながら呟く。


「吾輩、別に永遠に生きたいわけじゃないのだぁ……

 ただぁ……

 周りが汚いのが嫌なのだぁ……」


 静寂。


 女王はレイを見つめた。


 この男は。


 権力に興味がない。

 富にも興味が薄い。

 不老不死ですら執着がない。


 ただ。


 周囲が不潔なのが本気で嫌。


 それだけで王国を恐怖に陥れている。


「……意味がわからぬ」


「よく言われるのだぁ」


 レイは毛布にくるまった。


「のだぁ……

 もう嫌なのだぁ……

 次は下水掃除なのだぁ……」


 兵士たちは震えた。


「ま、まさか」

「明日……」


 レイは死んだ目で呟いた。


「全国下水革命なのだぁ……」


 兵士たちは全員、静かに泣いた。

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