5
灼熱。
どこまでも続く黄金の砂。
巨大な河。
その周囲に広がる緑。
空を焦がす太陽。
そして。
天を突くような白亜の神殿群。
古代王国メセトラ。
“太陽神ラーシェムに祝福された永遠の王国”と呼ばれる、巨大河川文明国家であった。
巨大な石像。
彩色された神殿。
無数の奴隷と職人。
河を行き交う帆船。
市場では香辛料の香りが漂い、黄金細工が並び、神官たちが祈りを捧げている。
本来なら神秘と栄華に満ちた光景である。
だが。
空から落下してきた銀髪男は違った。
「のだぁああああああああああ!!!!」
ズドォォォォォン!!!!
王都郊外の砂地に巨大なクレーターが出来た。
砂煙が舞い上がる。
ラクダたちが悲鳴を上げて逃げる。
荷車が横転。
近くの農民たちは絶叫した。
「な、何だ!?」
「空から人が!?」
「悪魔だぁ!!」
そして。
クレーターの中心で。
「げほっ……げほっ……」
銀髪の男――追放死神レイが、砂を吐きながら起き上がった。
黒翼は半分封印され、小さくなっている。
霊力も大幅制限。
だが顔だけは異常に美しかった。
「のだぁ……」
レイは周囲を見回した。
灼熱。
汗。
砂。
家畜。
そして――。
人間。
「のだぁ……」
レイの顔が歪む。
「く、臭いのだぁ……」
近くの農民たちが固まった。
「な……?」
「何を……」
レイは震えながら後退した。
「汗臭いのだぁあああ!!
なんなのだぁこの生物ぅううう!!
うわぁあああ!!
近づくなのだぁ!!」
「えぇ……」
農民たちは困惑した。
空から落ちてきた美青年が急に泣き始めたのである。
レイは鼻を押さえながら叫んだ。
「汚いのだぁ!!
砂だらけなのだぁ!!
家畜臭いのだぁ!!
人間って本当に全身から変な汁出して生きてるのだぁ!?」
「な、何なんだこいつ……」
「しかも暑いのだぁ!!
太陽近すぎなのだぁ!!
死ぬのだぁ!!」
その時。
ラクダが「ブェエエエ」と鳴いた。
レイは飛び上がった。
「のだぁあああああ!!!
なんかいるのだぁあああ!!!」
「ラクダだ!!」
「キモいのだぁあああ!!
顔長いのだぁあああ!!」
農民たちはだんだん腹が立ってきた。
すると。
王都巡回中だった神殿兵士たちが到着した。
黄金の槍。
青金の装飾。
猛禽を模した兜。
メセトラ王国神殿兵団である。
隊長がレイを睨んだ。
「貴様、何者だ」
「のだっ?」
「空から落ちてきたな」
「落とされたのだぁ」
「目的は」
レイは周囲を見回した。
砂。
汗。
人間。
家畜。
泥。
「…………」
数秒後。
レイは絶望した顔で天を仰いだ。
「終わってるのだぁ……」
「何?」
「こんな臭い場所で生きるとか人間正気じゃないのだぁ……」
「は?」
「汚いのだぁ!!
不潔なのだぁ!!
川の近くで変な魚切ってるのだぁ!!
道にゴミ落ちてるのだぁ!!
あと人間が多すぎるのだぁ!!」
兵士たちはざわついた。
「なんだこいつ……」
「神官か?」
「いや頭がおかしい」
レイはガタガタ震え始めた。
「無理なのだぁ……
吾輩、冥界育ちなのだぁ……
人間界レベル低すぎるのだぁ……」
すると。
近くの子供がレイを指差した。
「綺麗なお兄ちゃん!」
レイはピクッとした。
「のだっ?」
「髪キラキラしてるー!」
「のだぁ……?」
「神様みたい!」
レイは急にドヤ顔になった。
「うむ!その通りなのだっ♡」
「切り替え早っ」
兵士が真顔になる。
だがレイはすぐに再び周囲を見て顔をしかめた。
「でも臭いのだぁ……」
その瞬間だった。
市場の方から強烈な風が吹く。
魚。
香辛料。
家畜。
汗。
泥。
あらゆる匂いが混ざった古代都市の空気がレイを襲った。
レイの顔が真っ青になる。
「のだぁ……」
「おい?」
「おえっ」
「おい」
「おえええええええええええええ!!!!」
レイは盛大に吐いた。
兵士たちがドン引きした。
「汚っ!?」
「お前が一番汚いわ!!」
レイは涙目で叫んだ。
「もう嫌なのだぁああああ!!!
こんな世界滅ぼすしかないのだぁああああ!!」
兵士たちが槍を構えた。
「危険思想だぞ貴様」
だが。
レイは突然立ち上がった。
銀髪が風に舞う。
美形すぎる顔。
異様な威圧感。
封印されてなお漏れ出る死神の気配。
周囲の空気が冷えた。
「うむ……決めたのだぁ」
「何をだ」
レイはビシィッ!!と空を指差した。
「吾輩、魔王になるのだぁ!!」
「は?」
「そしてぇ!!」
黒い霧が吹き荒れる。
「この臭くて汚い世界をぉ!!
大掃除するのだぁあああああ!!!」
ゴゴゴゴゴゴ……
砂が舞い上がる。
兵士たちが青ざめた。
「ま、魔力だと……!?」
「なんだこの圧力……!」
レイは超ドヤ顔だった。
「震えるがいいのだぁ!!
吾輩は冥界から来た超絶悪戯っ子大魔王レイなのだぁ!!
まずはお風呂を全国に作るのだぁあああ!!」
「そこ!?」
「あと石鹸も配るのだぁ!!
歯磨きも義務化なのだぁ!!
臭い奴は全員地下労働なのだぁあああ!!」
兵士たちは混乱した。
「な、何なんだこいつ……」
「魔王……なのか?」
「なんで衛生思想だけ妙に強いんだ」
レイは鼻を押さえながら空を見上げた。
「待ってろなのだぁ……
吾輩がこの世界をぉ……
ピカピカにしてやるのだぁああああ!!!!」




