4 冥界追放
冥界中央裁定院。
冥界でもっとも重い処分が下される場所である。
天井は見えないほど高く、黒い柱が永遠のように並び、空中には無数の魂火が浮かんでいた。
その中央。
巨大な鎖付きの椅子に――死神レイが拘束されていた。
「のだぁ……」
ぐったりしている。
銀髪はボサボサ。
黒翼もしおしお。
いつもの異様な元気はない。
周囲には冥界の上級死神たちがズラリと並んでいた。
全員、疲れ切った顔である。
理由は簡単だった。
レイが問題を起こし過ぎた。
「被告・死神レイ」
最上段に座る大裁定官が重々しく口を開く。
「貴様の罪状を確認する」
空中に巨大な巻物が展開された。
ズガガガガガガガガガガッ!!
床まで落ちる。
まだ伸びる。
さらに伸びる。
下級死神たちが途中で支えていた。
「のだっ♡」
「嬉しそうな顔をするな!!!!」
怒鳴られた。
「えへへなのだぁ」
「褒めていない!!!!」
裁定官はこめかみを押さえた。
「罪状その一。
寿命回収遅延・累計四万七千八百二十一件」
「のだぁ……」
「罪状その二。
無許可魂回収術式使用」
「のだぁ……」
「罪状その三。
国家規模刈り取り事件」
「のだぁ……」
「罪状その四。
遺品横領」
「のだぁ……」
「罪状その五。
始末書未提出」
「のだぁっ!?」
レイが顔を上げた。
「それは関係ないのだぁ!!」
「関係ある!!!!」
裁定院全体に怒声が響いた。
レイはビクゥッ!!と震えた。
「な、なんで皆そんな怒るのだぁ……。ちょっと王国が滅びてぇ……ちょっと横領してぇ……ちょっとサボっただけなのだぁ……」
「“ちょっと”で済む規模ではない!!!!」
下級死神たちが一斉に頷く。
「こいつ感覚おかしいんだよな……」
「冥王級火力を日常業務に使うな」
「しかも本人に悪意が薄いのが最悪」
レイは不満そうに頬を膨らませた。
「だってぇ……効率化なのだぁ……」
「その効率化で国家が消し飛んだんだぞ!!!!」
「脆すぎるのだぁ、人間」
裁定院が静まり返った。
レイは真顔だった。
「だってぇ、吾輩がちょっと本気出しただけで死ぬのだぁ?
あいつら弱すぎるのだぁ」
周囲の死神たちは微妙な顔をした。
否定できなかった。
レイは死神としてのスペックだけなら異常だった。
魂出力。
霊力容量。
術式速度。
空間干渉。
全部トップクラス。
なのに勤務態度が終わっている。
大裁定官は重々しく告げた。
「よって」
ゴゴゴゴゴ……
巨大な判決印が浮かび上がる。
「被告・死神レイを――」
レイは急にニコニコし始めた。
「減給半年くらいなのだぁ?」
「冥界追放とする」
沈黙。
「…………」
「…………」
「…………のだ?」
レイが瞬きした。
「追放」
「のだ?」
「追放だ」
「のだぁ?」
「冥界から永久追放」
レイの笑顔が止まった。
数秒後。
「のだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
裁定院が揺れた。
レイは椅子ごと暴れ始めた。
「嫌なのだぁあああああああ!!!!!
嫌なのだぁあああああ!!!!!!」
「うるさい!!!!」
「なんでなのだぁ!?
吾輩、ちょっと失敗しただけなのだぁ!?」
「ちょっとではない!!!!」
「国家一つくらい誤差なのだぁ!!」
「誤差ではない!!!!」
レイは顔面蒼白だった。
「ま、待つのだぁ……人間界ってぇ……
あのクソ野蛮で汚い場所なのだぁ?」
「言い方ァ」
「人間って全身垢まみれでぇ!!
お腹の中で膨大にうんち飼ってる化け物なのだぞぉ!?」
「最低な表現だな貴様」
「しかもすぐ病気になるしぃ!!
変な汁出すしぃ!!
すぐ死ぬしぃ!!
ギャーギャー騒ぐしぃ!!
臭いしぃ!!」
人間担当部署の死神たちがちょっと傷ついた顔をした。
「いやまあ……間違ってはないが……」
「言い方ってもんが……」
レイは半泣きだった。
「無理なのだぁ!!
吾輩、潔癖気味なのだぁ!!
人間界なんて歩きたくないのだぁ!!」
「死神のくせに潔癖なのか……」
「しかもぉ!!
人間って寿命短いからすぐ情が湧くのだぁ!!
面倒なのだぁ!!」
「今さら何言ってんだ」
レイはガタガタ震え始めた。
「む、無理なのだぁ……
絶対に嫌なのだぁ……
人間界の飯とか怖いのだぁ……
なんか変な油いっぱい使ってるのだぁ……」
「追放理由の半分くらいお前の生活態度なんだぞ」
「あと人間、すぐ恋愛するのだぁ!!」
「急に何だ」
「面倒なのだぁ!!!
すぐ“愛”とか言い出すのだぁ!!
情緒不安定なのだぁ!!」
すると。
監察官イリゼアが腕を組みながら冷たく言った。
「安心しろ」
「のだっ?」
「お前みたいな性格終わってる奴、そうそう好かれん」
レイは硬直した。
「…………」
「…………」
「のだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
大号泣。
「酷いのだぁああああ!!
吾輩、超絶イケメンなのだぁあああ!!!
顔だけでなんとかなるのだぁあああ!!!」
「そこだけは否定できんのが腹立つな……」
下級死神たちが頷く。
実際レイは異様に美形だった。
だから余計に腹が立つ。
大裁定官は最後通告を下した。
「なお追放後、貴様の霊力の九割は封印する」
「のだっ!?」
「さもなくば人間界が崩壊する」
「のだぁぁぁ!!!
弱体化なんて嫌なのだぁ!!
筋肉落ちるのだぁ!!」
「死神に筋肉理論あるのか……」
「さらに」
「まだあるのだぁ!?」
「生活費は自分で稼げ」
レイは完全停止した。
「…………」
「…………」
「……働くのだぁ?」
「当然だ」
「人間界で?」
「ああ」
レイの顔から血の気が引いた。
「のだぁ……」
「どうした」
「吾輩、人間界のお金嫌いなのだぁ……」
「何故だ」
「数えるの面倒なのだぁ……」
全員が頭を抱えた。
終わっていた。
人格が終わっていた。
すると。
裁定官が杖を振った。
巨大な転移門が開く。
その向こうには――人間界。
雨。
排気煙。
雑踏。
ネオン。
レイは震え上がった。
「の、のだぁ……汚いのだぁ……」
「行け」
「嫌なのだぁ!!」
「行け」
「吾輩、冥界に住むのだぁ!!」
「家賃滞納してただろうが」
「のだぁっ!?」
そして次の瞬間。
ドゴォォォォン!!!!
レイは裁定官たちに蹴り飛ばされた。
「のだぁああああああああああ!!!!」
黒翼をバタバタさせながら落下していく。
「嫌なのだぁああああ!!!
人間臭いのだぁああああ!!!
うんち怖いのだぁあああああ!!!!」
最後まで最低だった。
そして。
冥界側では。
全死神たちが静かに拍手していた。
「やっと消えた……」
「平和になるぞ……」
「今月の事故率下がるな……」
だが。
監察官イリゼアだけは遠くを見ながら呟いた。
「……絶対また問題起こすぞ、あいつ」
全員が無言で頷いた。




