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冥界下層・第三区画。
死神たちが住む古びた集合霊宅『黒烏荘』。
築八百年。
壁はヒビだらけ。
廊下は妙に湿っている。
夜になると誰もいない部屋からすすり泣きが聞こえる。
なお事故物件ではない。
住民が死神なので通常営業である。
その二階廊下にて。
「のだぁ……」
銀髪の死神レイは、床に額を擦り付けていた。
完璧な土下座である。
しかも泣いていた。
「お願いなのだぁ……追い出さないでなのだぁ……吾輩、反省してるのだぁ……」
その前に立っているのは。
大家である。
冥界歴四千年。
元・戦場級死神。
現在は不動産管理で悠々自適生活を送る老婆――バーバラ。
身長二メートル半。
筋肉の塊。
片手で墓石を握り潰せそうな威圧感である。
バーバラは無言でレイを見下ろしていた。
「…………」
レイはさらに額を擦り付けた。
「のだぁあ……家賃は払うのだぁ……ほら、これぇ……」
ゴトッ。
レイは豪奢な首飾りを床に置いた。
宝石がギラギラ輝いている。
見るからに高価だった。
「この前刈った王妃のなのだぁ……たぶん高いのだぁ……」
沈黙。
数秒後。
バーバラの眉がピクリと動いた。
「……貴様」
「のだっ?」
「また死人の私物を持ち帰ったのか」
「のだぁ……」
レイは目を逸らした。
死神業界では禁止事項である。
魂回収時に金品を持ち帰るのは横領扱いなのだ。
だがレイは常習犯だった。
「だ、だってぇ……綺麗だったのだぁ……」
「売る気満々だったろうが」
「生活苦しいのだぁ!!」
レイは泣きながら床を叩いた。
「減給されたのだぁ!!減給ぅ!!!
しかもぉ!始末書ペナルティで特別手当も消えたのだぁ!!!
吾輩の美容代がぁ!!!
高級羽根オイルが買えないのだぁあああ!!!」
「知るか」
「翼がパサパサになるのだぁ!!死神なのに不健康そうな羽根になるのだぁ!!」
バーバラはため息をついた。
「そもそも貴様、何故毎月金が無い」
「のだっ?」
「特級死神の給料だぞ」
「のだぁ……」
レイは露骨に視線を逸らした。
「言え」
「……ガチャなのだぁ」
「は?」
「限定地獄ペット召喚ガチャにぃ……
“SSR 九尾ヘルハウンド・夏祭り浴衣ver”が来てぇ……」
バーバラは無表情になった。
「……いくら使った」
「のだぁ……三ヶ月分くらい……」
「馬鹿か貴様!!!!」
怒声で廊下の窓が震えた。
隣室から下級死神が顔を出す。
「またレイ先輩怒られてる……」
「今度は何やったんです?」
「家賃滞納六ヶ月らしい」
「終わってんな……」
レイは涙目で振り返った。
「違うのだぁ!!五ヶ月半なのだぁ!!」
「誤差ではない!!!!」
バーバラはレイの耳を掴み上げた。
「痛いのだぁああああ!!!」
「貴様、先月も“次の給料日に払う”と言ったな」
「のだぁ……」
「その前も言ったな」
「のだぁ……」
「その前もだ」
「のだぁ……」
「だが貴様、給料日に巨大クラーケンの霊肉を通販していたな?」
レイは硬直した。
「のだっ!?」
「“超美味そうだった”とレビューまで書いていたな?」
「のだぁ……」
「星五つ付けていたな?」
「柔らかかったのだぁ……」
バーバラの拳に血管が浮いた。
「貴様ァ……」
レイは慌てて再び土下座した。
「ごめんなさいなのだぁああああ!!!
でもぉ!でもぉ!!
吾輩、お腹空いてたのだぁああ!!」
「知らん!!!!」
その時。
バーバラはふと床の首飾りを見た。
赤い宝石。
王族級の装飾。
間違いなく高価。
「……ちなみに」
「のだっ?」
「この王妃、どこの国のだ」
「この前うっかり国ごと刈ったところなのだぁ!」
バーバラの動きが止まった。
「…………」
廊下も静まり返る。
「……“うっかり”?」
「のだっ♡」
「例のベルグラン王国か?」
「のだぁ!効率化なのだぁ!」
住人たちが青ざめた。
「お、おい……」
「国家滅ぼした件の……」
「あの首飾り本物かよ……」
レイは得意げだった。
「王妃、超豪華だったのだぁ!
ドレスもキラキラだったのだぁ!」
「お前それ盗品どころの話じゃねぇぞ……」
すると。
バーバラがゆっくり首飾りを持ち上げた。
「……ふむ」
「のだっ?」
「本物だな」
「やったのだぁ!?」
「少なく見積もっても高級霊貨二百万」
「のだぁっ!?」
レイの目が輝いた。
「家賃払えるのだぁ!?!?!?」
「払える」
「のだぁあああああ!!!」
レイは感動してバーバラに抱きつこうとした。
「うむ!大家大好きなのだぁ!」
「触るな」
片手で顔面を掴まれた。
「のだぁぁぁぁ!!」
ジタバタ暴れるレイ。
バーバラはそのまま低い声で言った。
「……だが」
「のだっ?」
「冥界監査局にバレたら貴様は終わる」
「のだぁ?」
「国家級案件の被害品横流しだぞ」
レイは数秒固まった。
「…………」
「…………」
「のだぁあああああああああああ!?!?!?!?」
絶叫。
「そ、そんなぁ!!!
吾輩、ただ家賃払いたかっただけなのだぁ!!」
「だから普通に給料を残せと言っている!!!!」
「無理なのだぁ!!キラキラしたもの見ると買っちゃうのだぁ!!」
「子供か!!!!」
レイは床を転げ回った。
「のだぁあああ!!追い出されたくないのだぁ!!
この部屋お気に入りなのだぁ!!
日当たり悪くて落ち着くのだぁ!!」
「死神の感性だな……」
「あと隣の部屋の女死神が料理上手だからたまに貰えるのだぁ!!」
「最低だな貴様」
その時だった。
遠くの階段から怒号が響いた。
「レイィイイイイイ!!!!」
レイが硬直した。
「のだっ?」
黒炎を纏った監察官イリゼアが鬼の形相で駆け上がってくる。
「貴様ァ!!!! ベルグラン王国王家の遺品が闇市場に流れてると報告が来たぞ!!!!」
レイは首飾りを後ろに隠した。
「の、のだぁ……?」
「隠すな!!!!」
「大家ぁあああああ!!助けるのだぁああああ!!」
「自分で何とかしろ」
「冷たいのだぁあああ!!!」
そして数秒後。
黒烏荘の廊下を、絶叫しながら逃げ回る死神レイの姿が目撃されることになる。
「のだぁあああああ!!!
家賃払おうとしただけなのだぁあああ!!!」
「待て犯罪者!!!!」
「吾輩、ただの可愛い死神なのだぁああああ!!!」




