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メセトラ王国。
太陽神に祝福された黄金の都。
巨大な神殿群。
香油の香り。
磨き抜かれた白い石床。
色鮮やかな壁画。
本来ならば世界でもっとも華やかな宮殿の一つであった。
だが現在。
「のだぁあああああ!!!!
汚いのだぁああああ!!!」
王城全域に銀髪男の絶叫が響いていた。
ドゴォン!!
巨大な壺が窓から投げ捨てられる。
「なんなのだぁこのホコリぃ!!
角に溜まってるのだぁ!!
あと香油臭いのだぁ!!
混ぜるなのだぁ!!」
侍女たちが震えていた。
「ま、魔王……」
「また掃除してる……」
「三日寝てないらしいわよ……」
そう。
レイは現在、王都全域の“大掃除”に取り憑かれていた。
街路清掃。
下水整理。
死体焼却。
井戸浄化。
しかも異様に強い。
神殿兵が百人で囲んでも勝てない。
巨大魔獣を片手で捻り潰す。
神官魔術も効かない。
結果。
王都の住民たちは現在、
「怖いけど街が綺麗になってる……」
という意味不明な状況に陥っていた。
そして今。
レイは王城の大掃除を始めていた。
「のだぁ!!
カーテン洗うのだぁ!!
あとこの絨毯ダニいるのだぁ!!」
バリバリバリ!!
超高級絨毯が引き裂かれる。
「や、やめ――」
「汚いのだぁ!!」
侍女が泣いた。
その時。
玉座の間の巨大扉が開いた。
ギギギギギ……
静まり返る空間。
現れたのは。
黄金の頭飾り。
透き通る褐色肌。
黒曜石のような瞳。
メセトラ女王・ネフェルセト。
太陽神の化身と称えられる絶世の美女だった。
侍女たちが一斉に跪く。
「陛下……!」
女王は静かにレイを見つめた。
そして。
ゆっくり口を開く。
「……お前が“黒き災厄”か」
「のだっ?」
レイは振り返った。
数秒間。
両者は見つめ合った。
侍女たちは固唾を呑む。
女王は美しかった。
黄金文明の頂点。
神殿が育て上げた芸術品のような存在。
男たちは皆跪き、
神官たちは歌を捧げ、
周辺国の王すら魅了された。
その女王を見て。
レイは。
「…………」
真顔になった。
嫌な沈黙。
侍女たちが青ざめる。
そして。
「のだぁ?」
レイは顔をしかめた。
女王が僅かに眉を動かす。
「……何だ」
「あり得ないのだぁ」
空気が凍った。
「……何?」
レイは鼻を押さえながら後退した。
「よ、よくそんな状態で人に触れるのだぁ!?」
侍女たちが固まった。
女王も固まった。
レイは本気でドン引きしていた。
「香油塗りすぎなのだぁ!!
汗と混ざって変な臭いになってるのだぁ!!
あと髪!!
砂入ってるのだぁ!!」
侍女たちの顔色が消えた。
今まで。
今まで誰一人として。
女王にそんなことを言った者はいなかった。
絶世の美女。
太陽の化身。
黄金の花。
それがネフェルセトだった。
なのに。
銀髪男は本気で嫌そうな顔をしていた。
「最低最悪なのだぁ!!
気遣いって知ってますのだぁ!?」
「…………」
女王は人生で初めて言葉を失った。
侍女たちはオロオロしていた。
「ど、どうするの……」
「止めたいけど近づけない……」
「近衛兵全滅したじゃない……」
そう。
昨日。
近衛兵団長がレイを止めようとして死んだ。
レイが「雑菌触るななのだぁ!!」と言いながら反射的に吹き飛ばしたら壁に埋まったのである。
ちなみにレイはまだ「ちょっと押しただけ」と思っている。
女王は静かに口を開いた。
「……余に、汚いと言ったのか」
「のだっ?」
レイは本気で驚いた顔をした。
「当然なのだぁ!?
むしろ今まで誰も言わなかったのだぁ!?」
侍女たちが震えた。
終わった。
絶対死ぬ。
だが。
女王は怒鳴らなかった。
ただ。
呆然としていた。
「余は……」
「生まれてからずっと」
「“美しい”としか言われたことがない」
「周囲がおかしいのだぁ」
即答だった。
「顔は良いのだぁ!
でも衛生観念が終わってるのだぁ!!」
「衛生……」
「まず風呂なのだぁ!!
あと髪洗うのだぁ!!
香油で誤魔化すなのだぁ!!」
レイはズンズン近づいた。
侍女たちが悲鳴を上げる。
「ひっ……!」
だが。
レイは女王の顔を覗き込みながら真剣だった。
「あとぉ」
「……何だ」
「目の下ちょっとクマあるのだぁ」
女王が止まった。
「睡眠不足なのだぁ?」
「…………」
「のだぁ?
図星なのだぁ?」
ネフェルセトは沈黙した。
王位継承争い。
神殿勢力。
周辺国家。
洪水管理。
税。
飢饉。
女王はずっと眠れていなかった。
だが。
誰もそれを指摘しなかった。
美しい。
神々しい。
完璧だ。
皆それしか言わない。
レイだけだった。
本気で「顔色悪いのだぁ」と言ったのは。
レイは腕を組んだ。
「うむ。決めたのだぁ」
「……何をだ」
「お主、今から掃除するのだぁ」
「は?」
「あと風呂なのだぁ」
「余に命令するのか」
「汚いから仕方ないのだぁ」
侍女たちが卒倒しかけた。
だが。
女王は怒らなかった。
むしろ。
人生で初めて。
本当に自分を見られたような気がしていた。
「…………変な男だ」
「のだっ♡」
レイは得意げだった。
「うむ!吾輩、超絶綺麗好き魔王なのだぁ!」
そして次の瞬間。
レイは女王の腕を掴んだ。
「行くのだぁ!!」
「なっ――」
「全身洗浄なのだぁあああ!!!」
女王ネフェルセトは。
生まれて初めて。
誰かに風呂場へ強制連行された。




