22
夜。
巨大河イシュアの岸辺。
風だけが静かに流れていた。
王都の灯りは遠い。
水面には月が揺れている。
そして。
「…………」
銀髪の男が一人、河辺に座っていた。
レイだった。
昔と変わらない姿。
若く、
美しく、
異様なまま。
だが。
目だけが違った。
静かだった。
あまりにも。
◆
女王ネフェルセトが死んでから。
何十年も経っていた。
王国は続いている。
王は代替わりし、
街は広がり、
文明も変わった。
だが。
レイだけは変わらない。
永遠に。
置いていかれる側。
「のだぁ……」
レイは河へ小石を投げた。
ポチャン。
「……お主、今どこなのだぁ」
返事はない。
当然だった。
死者は冥界へ行く。
そして。
レイは冥界へ戻れない。
◆
それを理解したのは。
女王が死んでからしばらく後だった。
最初。
レイは割と軽く考えていた。
『どうせそのうち会えるのだぁ』
死神だったから。
死は終わりではない。
冥界へ行くだけ。
だから。
また会えると思っていた。
だが。
ある日。
河辺で。
「…………」
レイは止まった。
気づいてしまった。
「……のだぁ?」
自分。
追放されている。
永久追放。
冥界出禁。
「…………」
数秒。
「…………のだ?」
そして。
「のだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?!?!?」
河が震えた。
魚が跳ねた。
王都民が悲鳴を上げた。
「う、うるせぇ!!」
「また魔王発狂したぞ!!」
レイはその場で頭を抱えて転げ回った。
「会えないのだぁぁぁぁ!!!!
吾輩、冥界帰れないのだぁぁぁ!!!」
そこでようやく理解した。
女王はもう。
自分のいる場所へ戻ってしまった。
魂河。
静かな冥界。
清潔な死者の世界。
レイが一番帰りたかった場所。
そして。
レイだけは帰れない。
◆
「のだぁ……」
レイは河を見つめた。
流れていく。
止まらない。
昔、女王に言った。
『河みたいならよかったのだぁ』
でも。
自分だけが流れられない。
ずっとここに残る。
「……最悪なのだぁ」
小さく呟く。
「なんで吾輩だけぇ……
ずっと人間界なのだぁ……」
風が吹く。
遠くで犬が鳴く。
人間界の音。
レイは昔から嫌いだった。
臭い。
汚い。
湿ってる。
でも今は。
少し違った。
「…………」
ここには。
女王がいた。
笑って、
怒って、
逃げて。
『また髪を洗うのか!!』
って叫んでいた。
レイは少しだけ笑った。
ほんの少しだけ。
◆
一方。
冥界。
中央魂河監視塔。
監察官イリゼアは、静かに霊力映像を見ていた。
河辺に座るレイ。
いつもの絶叫はない。
ただ静かに水を見ている。
「…………」
下級死神が小声で聞く。
「……先輩」
「本当に戻さないんですか?」
イリゼアは答えなかった。
冥界の規則は絶対。
永久追放は永久追放。
だが。
レイの姿を見ると。
少しだけ。
胸が重かった。
下級死神がボソッと呟く。
「……あいつ」
「多分、初めてなんですよね」
「?」
「“死を悲しい”って思ったの」
イリゼアは静かに目を閉じた。
死神にとって。
死は仕事だ。
日常だ。
流れの一部。
だから。
レイはずっと軽かった。
誰が死んでも。
『魂になるだけなのだぁ』
と言っていた。
でも。
今。
初めて。
“会えない”を理解してしまった。
◆
人間界。
河辺。
レイは寝転がって空を見ていた。
「のだぁ……」
星が見える。
静か。
少しだけ。
冥界の魂河に似ていた。
レイはポツリと呟く。
「……お主、ちゃんと歯磨いてるのだぁ?」
返事はない。
でも。
レイは少し安心した。
女王はちゃんと磨く。
最後まで。
ちゃんと。
「……綺麗にしてるならいいのだぁ」
小さく笑う。
そして。
また静かになる。
永遠の命。
昔は別にどうでもよかった。
ただ、
掃除して、
サボって、
冥界で寝ていたかった。
でも今は。
永遠が長すぎた。
「のだぁ……」
レイは目を閉じる。
「……帰りたいのだぁ」
誰にも届かない声。
河だけが静かに流れていた。




