21
女王ネフェルセトの死後。
メセトラ王国は、静かに喪に包まれていた。
巨大河イシュアには白い花が流され、
神殿では祈りが捧げられ、
王都中が静かだった。
だが。
もっと異常だったのは。
――魔王レイである。
◆
「…………」
静かだった。
本当に。
信じられないほど。
王都民たちは困惑していた。
「……最近、叫ばないな」
「掃除してても静かだぞ」
「怖いんだけど」
市場。
レイは黙々と床を洗浄していた。
いつもの。
『臭いのだぁぁぁ!!!』
『誰なのだぁ!!』
『洗えなのだぁぁぁ!!』
がない。
無言。
ただ静かに掃除している。
それが逆に怖かった。
魚屋が震えながら言う。
「……魔王様?」
「…………」
「今日は怒らないんですか」
レイは少しだけ顔を上げた。
「のだぁ……」
声が死んでいた。
魚屋が青ざめる。
「ひっ」
だがレイは怒鳴らない。
ただ。
ぼんやり川の方を見る。
「……魚、ちゃんと冷やすのだぁ」
小さい声。
魚屋は固まった。
優しい。
怖い。
意味がわからない。
◆
王城でも異常事態だった。
「……また庭で座ってます」
侍女長が報告する。
新女王――ネフェルセトの姪である若い王女は困惑した。
「掃除は?」
「しています」
「では問題ないのでは」
「ですが……」
侍女長は微妙な顔になる。
「静かなんです」
「……」
それは確かに異常だった。
レイは掃除中に最低でも三回は発狂する。
それが普通。
なのに最近。
静か。
ただ河を見ている。
時々。
ボーッとしている。
王城中が不安になっていた。
◆
一方。
冥界。
「……は?」
監察官イリゼアは報告書を見て固まっていた。
「レイが……静か?」
下級死神が頷く。
「はい……」
「失神回数は?」
「減りました」
「掃除発狂は?」
「激減」
「…………」
冥界がざわついた。
「えっ」
「どうしたあいつ」
「ついに壊れた?」
「反省したのか?」
そして。
最悪な勘違いが始まった。
◆
中央裁定院。
上級死神たちが会議していた。
「……つまり」
「はい」
「被追放者レイは現在、深く沈んでいると」
「そのようです」
長老死神が顎を撫でる。
「ふむ……」
「やはり」
「冥界追放は効いたか」
別の死神が頷く。
「人間界で苦しみ、ようやく己の罪を理解したのでしょう」
全員、深刻な顔。
だが。
完全に勘違いだった。
レイは別に。
冥界でのやらかしを反省していない。
ただ。
女王が死んで落ち込んでいるだけである。
◆
冥界では勝手に美談化が進んでいた。
「レイ先輩……」
「ようやく更生したんだな……」
「やっぱり人間界で苦しんだのが……」
「成長ってやつか……」
感動してる死神までいた。
なお。
真実。
◆
その頃レイ。
河辺。
「のだぁ……」
死んだ目。
石投げてる。
ポチャン。
「……お主だけ帰れてずるいのだぁ……」
完全に未練タラタラだった。
しかも。
最近さらに悪化していた。
理由。
王城へ行くと。
女王がいない。
「…………」
静か。
綺麗。
整っている。
でも。
いない。
レイはそのたび。
「のだぁ……」
元気がなくなる。
侍女たちが困惑するレベルで。
◆
さらに問題なのは。
レイが最近、人間をあまり怒鳴らなくなったことだった。
兵士がビクビクしながら聞く。
「……魔王様?」
「のだ?」
「俺、ちょっと臭います?」
「…………」
昔なら。
『臭いのだぁぁぁ!!!』
だった。
だが今。
レイは少し考えて。
「……ちゃんと洗えば平気なのだぁ」
兵士、硬直。
「優しい!?」
周囲もザワつく。
「どうした魔王」
「怖い」
「逆に怖い」
レイはボソッと呟く。
「人間、どうせすぐ死ぬのだぁ……」
兵士たちが静かになる。
レイは河を見たまま続ける。
「ちょっとくらい臭くてもぉ……
そのうち魂になるのだぁ……」
遠い目。
完全に湿っぽい。
兵士たちは困惑した。
なんか急に哲学的になってる。
◆
一方冥界。
「素晴らしい……」
上級死神が感動していた。
「ついにレイが命の儚さを理解したのだ……!」
「成長したんですね……!」
イリゼアだけが真顔だった。
「……違う気がする」
だが誰も聞いてない。
皆、勝手に感動していた。
「人間界で心を学んだんだ……」
「泣ける話だ……」
その時。
霊力映像が映る。
そこには。
『のだぁ……
冥界帰りたいのだぁ……』
河辺で死んだ目してるレイ。
『魂河行きたいのだぁ……』
『静かな場所で寝たいのだぁ……』
冥界側、感動。
「うぉぉぉ……」
「故郷を想って……」
だが次の瞬間。
『人間界臭いのだぁ……』
全員ズッコケた。
「やっぱ駄目だこいつ!!!」
イリゼアは頭を抱えた。
「……だから言っただろうが」
レイは何も成長していない。
ただ。
初めて。
“人間がいなくなる寂しさ”を知ってしまっただけだった。




