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追放された死神ですが人間が汚すぎて魔王になりました  作者: 雪だるま


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 数十年後。


 メセトラ王国。


 巨大河イシュアの流れは変わらない。


 王都も変わった。


 白い石畳。

 巨大下水路。

 公共浴場。

 整備された市場。


 今や“清潔文明メセトラ”は世界の常識になりつつあった。


 子供は歯を磨く。

 兵士は手を洗う。

 商人は水を煮沸する。


 周辺国家ですら真似を始めている。


 そして。


 その元凶は今日も元気だった。


     ◆


「のだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 王都中央広場。


 銀髪の男が発狂していた。


「誰なのだぁ!!

 魚の内臓そのまま放置したやつぅぅぅ!!」


 バチバチバチ!!


 黒霊火が走る。


 ゴミだけ燃える。


 臭いだけ消える。


 市場の人々は慣れた顔だった。


「ああ、今日魚の日か」

「機嫌悪いな」

「近づくなよ、巻き込まれるぞ」


 銀髪。

 黒衣。

 変わらぬ美貌。


 死神レイ。


 数十年経っても。


 一切変わらなかった。


 肌も。

 髪も。

 顔も。


 まるで時が止まっている。


 その異様さに、今や誰も疑問を持たない。


 皆こう言う。


『魔王様だから』


 便利な言葉だった。


     ◆


 一方。


 王城最上階。


 女王ネフェルセトは静かに鏡を見ていた。


「…………」


 沈黙。


 鏡の中には。


 確かにまだ美しい女がいる。


 だが。


 もう若くはない。


 目元。

 口元。

 首。


 少しずつ。


 確実に。


 時が刻まれている。


「……」


 女王は静かに髪へ触れた。


 黒髪には、少し白が混ざり始めていた。


 かつて“太陽神の化身”と呼ばれた絶世の美貌。


 それも今は。


 老いを隠しきれない。


 侍女長が静かに入ってくる。


「陛下」


「何だ」


「……今日は」


 侍女長が少し困った顔をする。


「魔王様が、また市場で発狂されています」


 女王は少し笑った。


「いつものことだ」


「魚臭いそうです」


「そうか」


 女王は窓を見る。


 遠く。


 市場の方から。


「洗うのだぁぁぁぁ!!!」


 いつもの絶叫。


 昔と変わらない。


 本当に。


 一切変わらない。


「……」


 女王は目を伏せた。


 自分は変わった。


 周囲も変わった。


 だが。


 レイだけは。


 昔と同じまま。


 変わらず、

 騒がしく、

 意味不明で、

 綺麗好きで。


 永遠にそこにいる。


     ◆


 王都では。


 最近こんな噂が流れていた。


『魔王様、本当に神なんじゃないか』


『いや死神だろ』


『でも死神ってもっと怖いんじゃ』


『十分怖いぞ』


 皆が知っていた。


 レイは変わらない。


 何十年経っても。


 新しく生まれた子供たちですら、同じ顔のレイを見て育つ。


 その異様さに。


 王都民はもう慣れてしまった。


     ◆


 夕方。


 王城庭園。


 女王ネフェルセトは一人で歩いていた。


 風が吹く。


 最近、少し疲れやすい。


 歩く速度も遅くなった。


 その時。


「のだぁ?」


 聞き慣れた声。


 振り向くと。


 レイがいた。


 市場帰りらしい。


 黒マントを翻し、銀髪を揺らしながらこちらを見る。


 そして。


 昔と全く同じ顔。


「…………」


 女王は少しだけ苦笑した。


「何だその顔は」


「のだっ?」


「変わらぬな、お前は」


 レイは首を傾げた。


「変わる必要ないのだぁ」


 即答だった。


「死神なのだぁ?」


「……そうだな」


 女王は静かに笑った。


 昔は腹が立った。


 だが今は。


 少し羨ましい。


 その永遠が。


 レイは女王を見つめる。


「のだぁ?」


「何だ」


「疲れてるのだぁ?」


 女王は少し止まった。


「……老いたのだ」


 レイは数秒黙った。


「ふぅん」


 反応が薄い。


 昔からそうだ。


 レイは“美貌”そのものにはそこまで興味がない。


 清潔かどうかの方が大事。


 レイは女王へ近づいた。


「のだっ」


 女王の髪を持ち上げる。


「……おい」


「白いの増えたのだぁ」


「……そうだな」


「でも綺麗なのだぁ」


 女王が止まった。


 レイは本当に普通に言った。


「ちゃんと手入れしてるのだぁ」


 それだけ。


 昔みたいに。


 当たり前のように。


 女王は少しだけ目を細めた。


「……お前は」


「のだ?」


「昔から、そこだけは変わらんな」


「?」


「余の顔より、髪の手入れしか見ておらぬ」


「重要なのだぁ」


 レイは真剣だった。


「髪は放置すると傷むのだぁ」


「……」


 女王は小さく笑った。


 多分。


 この男は永遠に変わらない。


 誰が老いても。

 誰が死んでも。


 ずっと。


 あのまま。


 意味不明なことを叫びながら掃除している。


 少し寂しくて。


 少し安心した。


 その時。


 レイが急に真顔になる。


「のだぁ」


「何だ」


「最近、寝具ちゃんと洗ってるのだぁ?」


 女王の笑顔が消えた。


「……侍女長」


「はい」


「逃げるぞ」


「はい陛下」


「待つのだぁぁぁ!!!

 確認するのだぁぁぁ!!!」


 夕暮れの庭園に。


 数十年前と変わらない女王の悲鳴が響いた。

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