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追放された死神ですが人間が汚すぎて魔王になりました  作者: 雪だるま


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 数年後。


 メセトラ王国。


 かつて“黄金と砂の国”と呼ばれたその文明は、今や周辺諸国から別の意味で恐れられていた。


 ――清潔すぎる。


 異常なほどに。


「…………」


 国境を越えてきた商人たちはまず絶句する。


 道が綺麗。


 臭くない。


 下水が流れている。


 市場に蠅が少ない。


 井戸水が透明。


 しかも。


 人間まで妙に清潔。


「なんだこの国……」

「怖い……」


 旅人たちは震えた。


 子供ですら歯を磨いている。


 兵士が手洗いしている。


 貴族の屋敷から悪臭がしない。


 あり得なかった。


 この時代では。


 そして。


 その全ての元凶が――。


「のだぁあああああ!!!

 そこぉ!!

 埃溜まってるのだぁあああ!!!」


 今日も発狂していた。


 銀髪。

 黒衣。

 黒翼。


 現在、“黒き衛生魔王”と呼ばれている男。


 レイである。


 王都中央大通り。


 レイは黒い霊火を撒き散らしながら道路掃除をしていた。


 ゴォォォォ!!


 霊火が石畳を走る。


 汚れだけが燃え、

 菌だけが消え、

 ゴミだけが消滅していく。


 もはや神業だった。


 通行人たちは慣れた顔で避けていく。


「お、今日も始まったな」

「西区の掃除日か」

「近づくなよ、殺されるぞ」


 実際そうだった。


 レイの掃除中に邪魔をすると死ぬ。


 比喩ではない。


 昔。


 反発した神官が言った。


『神聖なる砂を消すとは何事か!』


 するとレイが真顔で。


『菌なのだぁ』


 と言いながら軽く払った。


 神官は壁を突き抜けて消えた。


 死んではいない。


 だが三ヶ月入院した。


 それ以降。


 王国では。


『掃除中の魔王には近づくな』


 が絶対法則になった。


「のだぁぁぁぁ!!

 この市場の魚臭いのだぁぁぁ!!」


「今日の魔王、魚ゾーン入ったぞ」

「終わったな……」


 魚商人たちが青ざめる。


 だが逃げる暇はない。


 レイが黒霧のように移動した。


「冷却!!

 洗浄!!

 排水!!

 あと蠅ァァァァ!!」


 ドゴォォォォ!!


 市場の裏に巨大排水路が生まれる。


 周囲の国の商人たちは目を剥いた。


「なんだあの魔法……」

「国一つで使う術じゃないぞ……」


 そう。


 メセトラ王国は今。


 周辺諸国と明確に違っていた。


 疫病が少ない。


 腐臭が少ない。


 平均寿命が長い。


 兵士の生存率が高い。


 傷口の洗浄概念すらある。


 結果。


 国力が急上昇していた。


 もちろん。


 反発勢力は大量にいた。


 神官。


 保守貴族。


 伝統主義者。


 皆が怒っていた。


「何故毎日風呂に入らねばならんのだ!!」

「香油文化への冒涜だ!!」

「神聖な香りを否定する気か!!」


 だが。


 彼らはもうレイ本人には言わない。


 絶対に。


 何故なら。


 一回でも掃除中のレイに近づくと。


「のだぁ?」


 レイが振り向く。


「……汚いのだぁ」


 終わり。


 その瞬間。


 超高圧霊力が飛んでくる。


 そして壁に埋まる。


 なので現在。


 反発勢力は全員、女王ネフェルセトのところへ泣きついていた。


 王城・謁見の間。


「陛下ぁ!!」


 老貴族が涙目で叫ぶ。


「また魔王が我が屋敷の使用人を丸刈りにしましたぞ!!」


「理由は」


「“髪が臭かった”と!!」


「……そうか」


 女王は疲れた顔で頷いた。


 最近ずっとこれだった。


「陛下!!」


 今度は神官。


「神殿の香油を“腐った花汁”呼ばわりされました!!」


「……そうか」


「しかも神像を洗い始めましたぞ!!」


「……そうか」


 女王はもう感情が死んでいた。


 慣れてしまった。


 その時。


 遠くから絶叫が響く。


「のだぁぁぁぁぁ!!!!

 誰なのだぁ!!

 下水に肉捨てたやつぅぅぅ!!」


 全員が静かになった。


 神官が青ざめる。


「ひっ……」


 女王は淡々と言った。


「行け」


「えっ」


「犯人なら自分で言え」


「無理ですぞ!!!!」


 当然だった。


 誰も掃除中のレイには近づきたくない。


 何故なら。


 今のレイは特に危険だった。


 最近、スラム改善を始めてから発狂頻度が上がっている。


 失神も増えた。


 その分、掃除への執念が強まっていた。


「のだぁぁぁぁ!!!

 下水は神聖なのだぁぁぁぁ!!」


 外から怒号。


 そして。


 ドゴォォォォン!!


 遠くで建物が一つ吹き飛んだ。


 神官たちが震える。


「……あれ、死んだのでは」


「いや」


 女王は冷静だった。


「多分“軽くどかした”だけだ」


 慣れ過ぎていた。


 すると。


 侍女が小走りでやってくる。


「陛下……」


「何だ」


「北方の使節団が到着しました」


「通せ」


 北方国家の大使たちが入ってくる。


 そして。


 王都の様子を見た彼らは明らかに困惑していた。


「…………」


「…………」


 最後に代表が小声で聞いた。


「……あの」


「何だ」


「本当に“魔王”が国を支配しているのですか」


 女王は少し考えた。


 確かにレイは恐ろしい。


 理不尽。


 超強い。


 意味不明。


 だが。


 国は以前より遥かに豊かだった。


 病人も減った。


 飢饉時の腐敗も減った。


 死者も減った。


 女王は静かに答える。


「……半分はそうだな」


「半分?」


「残り半分は……」


 その時。


 遠くからまた絶叫。


「歯磨けなのだぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


 兵士たちの悲鳴。


「嫌ぁぁぁぁぁ!!!」


 女王は遠い目をした。


「……衛生の化身だ」


 使節団は誰一人理解できなかった。

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