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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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番外編:檻の中の幸福

新型病原菌の危機を鮮やかに脱し、東の地の領主が用意してくれた豪華な宿舎の最上階──そこが、私たち二人の「ハネムーン」の仮初めの城だった。


窓の外には、危機を脱して安堵に包まれた東の街並みと、美しい星空が広がっている。

すでに深夜。昼間の激務の疲れもあり、私は心地よい疲労感に包まれていたが、ふと隣を見ると、レオン様はベッドの端に腰掛けたまま、じっと窓の外を見つめていた。その琥珀色の瞳は、昼間の冷徹な天才医師のものでもなく、いつもの過保護な旦那様のものでもない──どこか、酷く寂しげで、何かに怯えているような、暗い色を帯びていた。


「……レオン様? どうかされましたか? 眠れないのですか?」


私がシーツの擦れる音を立てて近づくと、レオン様はハッとしたように振り返り、無理に微笑んで見せた。


「あ、ああ、すみません、アリア。起こしてしまいましたね。……ただ、少し、考え事をしていて」


「考え事、ですか?」


私が首を傾げると、彼は躊躇うように細い指先を私の頬に滑らせ、愛おしそうに、けれど今にも壊れてしまう硝子細工に触れるかのような危うさで、私の髪を優しく梳いた。


「……昼間の君は、本当に眩しかった。現地の医師たちに囲まれ、自分の知識で誇り高く民を救う君の姿は、あまりにも美しくて。……同時に、酷く恐ろしくなってしまったのです」


「恐ろしい……?」


「ええ。君のその素晴らしい才能と、一度決めたらやり通すその強い心があれば……僕がいなくても、君は世界のどこでだって生きていける。……こうして、東の地での問題も完璧に解決してしまった。君の憂いは、もう僕の領地にも、王都にも、この世界のどこにも存在しない。……そうなった今、君はまた、僕の手をすり抜けて、ふっとどこか遠い場所へ逃げ出してしまうのではないかと──そんな歪んだ焦燥が、どうしても胸の奥で暴れて、眠れなくなってしまったのです」


ぽつり、ぽつりと吐露される、彼の本音。

それは、これまで彼がどれだけ完璧な策を巡らせ、強固な包囲網を敷いて私を閉じ込めようとも、決して消えることのなかった私にいつか拒絶され、置いていかれるかもしれないという、深く、暗い心の傷(トラウマ)だった。


彼は、私を愛するあまりに、自分の張り巡らせた「権力や策」だけでは、私の心を縛り付けられないことを知っていたのだ。


(ああ、私は……本当に、この人に酷いことをしてきたのだわ)


かつて、彼の将来を思って身を引こうと、婚約の事態を申し出て、夜逃げまで画策した。その私の「良かれと思った行動」のすべてが、彼の心にこれほどまでに深い、不治の病のような不安を植え付けていたなんて。

彼の過保護の本質は、支配欲などではない。私を失う恐怖に震える、ただの臆病な愛の裏返しだったのだ。


私は、彼の言葉を遮るように、自分からその逞しい胸へと飛び込んだ。


「ひゃっ……、ア、アリア……っ!?」


驚いて声を上げる彼の背中に、私は今度は演技でもおねだりでもなく、ありったけの力で両腕を回し、しがみついた。彼の心臓が、トクトクと激しく脈打っているのが耳に伝わる。


「レオン様、聞いてください。……私は、もうどこにも行きません」


「アリア……しかし、君は──」


「いいえ、行かないのです。私がいたいのは、平民として隠れ住む東の地でも、誰の目も届かない世界の果てでもありません。私が私のままでいられて、大好きな医療の仕事ができて、そして何より……私を世界で一番に愛してくれる、大好きなレオン様の隣だけなのです」


私は彼の胸に顔を埋めたまま、生まれて初めて、自分の心そのものを彼に捧げるように叫んだ。


「私の逃げ道(馬車)をすべて壊してくれたのが、レオン様で本当に良かった。私の心を、その強固な包囲網で完璧に捕まえてくれたのが、貴方で本当に良かったのです……っ。だから、もう自分を呪うような不安は抱かないでください。私は、もう貴方の檻(腕の中)から、一生出るつもりはありません」


「っ────────」


静寂が、寝室を支配した。

レオン様は息を吸うことすら忘れたかのように硬直していたが、やがて、私の言葉が嘘偽りのない「本物の愛」だと理解した瞬間、彼の身体からすうっと、あの冷めない焦燥の毒気が抜けていくのが分かった。


「……本当に、酷い女性ですね、君は」


掠れた声音。けれど、そこにはもう、凍えるような不安は一切なかった。

レオン様は、愛おしさに耐えかねたように私の身体を壊れるほど強く抱き締め、私の髪に、額に、そして唇に、何度も何度も熱い、熱い、誓いのような口づけを落とした。


「そんなに甘い言葉で、僕を一生の幸福の奴隷にしておきながら、逃げる自由すら自分で捨ててみせるなんて。……分かりました。もう、君を失うかもしれないなどという、無駄な心配は金頭にありません。君が自ら望んで僕の腕に捕まり続けるというのなら……僕は、その愛に、生涯を賭けて溺れるだけです」


彼の琥珀色の瞳に、初めて心の底からの安堵と、そして新婚初夜を優に超えるほどの──私を全て喰らい尽くさんばかりの、獰猛で甘やかな執着の炎が灯った。


「アリア、もう夜逃げ用のコネクティングドアを閉める必要もありませんね。……明日の朝、君が本当に歩けなくなるまで、君が僕のものだと、その身に何度でも刻み込ませてください」


「あ……レ、レオン様……っ」


彼自身の愛の言葉によって、長年飼い慣らしていた執着の呪縛から完全に解放された天才医師は、今度は底なしの独占欲を剥き出しにして、私をふかふかのベッドへと深く、深く、押し沈めていった。


こうして、私たちのハネムーンの夜は、本当の意味ですべての不安が溶け合い、永遠の同室契約(絶対的な愛)として、熱く結ばれたのだった──。

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