番外編:奇跡の密着
「まぁ、レオン! アリアちゃんは本当に完璧だわ! 淑女としてのマナーはもちろん、医療の知識も薬草の細かな成分配合比率までバッチリ押さえられているのよ。私の意地悪にも嫌な顔一つせず、あろうことか隣で妹さんのフォローにまで回るなんて……あぁ、なんて健気で愛らしい子! お茶会が終わった瞬間、思わず全力で抱きしめて頬ずりしてしまったわ!」
「ああ、今日の領地経営の実習も見事だった。『お義父様、ここの関税の計算ですが……』と、あの愛くるしい上目遣いで健気に質問されては、こちらも甘やかさざるを得ん。……問題なのは、お前との関係がまったく進展しておらず、あの子に未だに余計な肩身の狭い思いをさせている我が息子の不甲斐なさだな。早く何とかせんか」
自室にて、両親からの容赦のない集中砲火を浴び、僕はぐったりとソファに深く腰掛け、両手で眉間を強く押さえた。
「……わ、分かってはいるのです。分かってはいるのですが……アリアは、僕のことを未だに『妹の婚約者候補』だと思い込んでガチガチに固くなっていまして。どれだけ僕が距離を詰めようとしても、鉄壁の令嬢作法で綺麗に弾き返されてしまうのです……。というか、お父様とお母様は、すでに『お義父様』『お義母様』と秒速で呼ばせているのに、なぜ僕だけ未だに『小侯爵様』なのですか!? 不公平ではないですか!?」
「んもぉ! 何を子供みたいに嫉妬してモタモタしているのよ! あんな純粋無垢で可愛い子、貴方のお得意のその無駄に整った美貌でさっさと口説かなくてどうするの?懐柔しちゃいなさい!」
「お母様、それ完全に悪役が令嬢をハメる時のセリフですよ。そんな手っ取り早い男の武器で落とせるなら、とっくに夜這いでも何でも仕掛けています」
「あれだけのド天然で極上の鈍感少女なんだ。もっと何だ、こう、退路を断って部屋に連れ込み、強引に既成事実を作って口説かんことには、お前の好意に気づいてもらえないのではないか」
「お父様、それは一歩間違えれば国家憲兵が飛んでくる犯罪です。二人とも、一応は我が国の医療界の重鎮なのですから、もっと的確な処方箋を出せないのですか」
両親のぶっ飛んだ脳筋ボケに必死にツッコミを入れつつも、アリアに居心地の悪い思いをさせているのは紛れもない事実だった。どうして、両親にはあんなに懐いて天使のような笑顔を見せるのに、僕にだけは心を開いてくれないのか。僕は毎夜、枕を涙で濡らす勢いで必死に考えているのだ。
(ああ、アリア……。僕を『小侯爵様』と呼ぶ時の君の引き締まったプロの表情も最高に美しいけれど、僕はもっと君に、乱されてほしいんだ……!)
頭を抱えて悶絶する僕だったが、翌日、なんと天の女神が僕に微笑んでくれた。
いつもなら、僕から不自然に距離を取るアリアが、向こうから全力で僕に引っ付いてくるという「狂喜乱舞の神展開」が訪れたのだ。
それは、あの我が家に君臨する珍獣──エリシア嬢の、極限に頭の悪い愚策が引き起こした奇跡だった。
「レオンハルト様に自分の優秀さを見せつけるから、婚約が危うくなっている」とでも脅されたのだろう。
自習室の扉が開いた瞬間、僕は自分の目を疑った。
なんと、エリシアの着るような悪趣味なほどギラギラしたフリルのドレスを身に纏ったアリアが、真っ赤な顔をして、僕の元へとトコトコと歩み寄ってきたのだ。
「れ、レオンハルト様ぁ……❤ 本日も、ご一緒できて……っ、その、と、とっても嬉しゅうございますわぁ……❤」
(ありがとおおおお!! 珍獣エリシア!!! 君のその致命的な頭の悪さに、今日初めて心の底から感謝する!!!)
僕は心の中でスタンディングオベーションを送りながら泣いて喜んだ。
だが、この変装作戦はあまりにも無理がありすぎた。アリアは必死に「甘えるエリシア」を演じようと、僕の右腕に容赦なくその華奢な体を抱き着かせて密着させているが、あまりの羞恥心に顔が林檎のように真っ赤に染まっている。完全に目が泳いでいた。
ちなみに、後ろで地味なアリアの服を着て大人しくしている本物のエリシアは、「なんであんたがそんなに照れてるのよ!」と言わんばかりに般若のような怒りの表情を浮かべている。
(なるほど。アリアは僕を妹とくっつけるために、捨て身の身代わり作戦に出たわけか。健気だ……健気すぎる。……よし、ならば僕も『全力でエリシア(本物アリア)』を可愛がって楽しむとしよう)
「おや、今日は随分と甘えん坊なんだね。嬉しいよ」
僕がわざとらしく微笑み、抱きついている彼女の腰にスッと左手を回してグッと引き寄せた、その瞬間だった。
「ひゃぅっ!?」
アリアが可愛い悲鳴を上げる。あまりの密着度にお互いのバランスが崩れ、僕たちはそのまま背後のふかふかのソファへと、もつれ込むようにして倒れ込んでしまった。
──ドンッ、と、鈍い音がして、僕が下、アリアが上になる形で完全に押し倒される。
「あっ……う、動かないで……っ!」
パニックになったアリアが暴れた瞬間、ドレスの胸元が大きくはだけ、彼女の柔らかく、甘い香りのする瑞々しい肌が、僕の胸にダイレクトに押し付けられた。それだけではない。彼女が焦って体勢を変えようと動く度に、ドレスの薄い生地越しに、彼女のしなやかな太ももが、僕の脚の間に完璧に挟まり、信じられないような摩擦を生み出していく。
「──ッあ」
あまりの破壊力に、今度は僕が絶句した。
脳内の理性が「これ以上は紳士として一線を越える」と警鐘を鳴らすが、男としての本能が「離すな」と大合唱している。アリアのふくよかで柔らかい感触が、僕の全身の血流を狂わせる。
「れ、レオンハルト様……あの、その……っ、何かが、あたって……」
「……動くな。今動くと、僕は本当に『お父様のアドバイス(犯罪)』を実行せざるを得なくなる」
「ひゃいっ……!!」
完全に上から組み敷かれる形になったアリアは、僕の顔の近さと、男としての獰猛な気配に完全に硬直した。
背後では、本物のエリシアが「ちょっと何やってるのよあんたら!!」と言わんばかりに、声を出すこともできず泡を吹いて卒倒しかけている。
こうして、策士レオンハルトの理性は、珍獣の浅知恵による「極上のラッキースケベ」によって、あえなく木っ端微塵に粉砕されかけたのだった──。




