タチの悪い『餌』の撒き方
「──(はぁ……)我が侯爵邸へ滞在中の、グレインフィール伯爵家次女・エリシア嬢だ。そしてこちらは、僕の親友のノア・フェリクス・リーヴェル辺境伯。それから、キース・フォン・ヴァルハイト侯爵令息だ」
胃の痛みに耐えながら、僕は最低限の礼儀として彼らを引き合わせた。
その、名前と爵位を口にした瞬間だった。
エリシア嬢の瞳が、高価な獲物を見つけた猛獣のように──ギラリと、あまりにも露骨な肉食獣の輝きを放った。
(……あ、これ、完全にロックオンしたな。高位貴族で、かつ見目が麗しければ、手当たり次第に己の歪んだコレクションに加えるつもりか?)
ノアとキースの圧倒的な家柄、そして恐ろしいほどの美貌を脳内で計算した瞬間のエリシアの反応は、あまりにも分かりやすすぎて哀れなほどだった。僕の腕に絡みつく力をさらに強め、彼女はわざとらしく頬を赤らめて見せる。
「まぁ……っ! お二人とも、とっても素敵でいらっしゃいますのね……! 眩しすぎて、わたくし直視できませんわ!」
「そう? 嬉しいな、ありがとう。君のような可愛らしい令嬢にそう言ってもらえるなんて、光栄の至りだよ」
キースが、いつもの女慣れした、軽薄極まりない極上の貴公子スマイルを浮かべて微笑みかける。
「とんでもない。僕こそ光栄です。俺、普段はむさ苦しい軍の働きづめで、令嬢に褒められるのなんて全く慣れていなくてさ……。あまりに見事なエリシア嬢の美しさに、気後れして緊張してしまいますよ」
眼鏡の位置を指先でスッと直しながら、ノアがどこか初々しさを装った、完璧な営業スマイルを浮かべた。
((……嘘を吐け、この社交界きっての人気者どもが!!! 慣れまくりだろうが!!!?))
僕とキースの心の中のツッコミが完全に一致した瞬間だった。
辺境を守る屈強なリーヴェル軍の若き将軍にして、王都の夜会で毎日のように令嬢たちから悲鳴混じりの賛辞を浴びている男が、どの口で「慣れていない」などと言うのか。この男、かつて戦地でアリアに救われた恩があるからと、彼女を虐げた実家への敵意を、その底知れない笑顔の裏に完璧に隠している。本当にタチが悪い。
「やだなぁ二人とも、そんなに見つめないでくれよ。ただの、照れ隠しだよ?」
ノアは僕とキースの白けた心情をすべて察した上で、さらに楽しげにエリシアへと向き直った。
「それより、ここでこうしてエリシア嬢とお会いできたのも、何かの縁です。よろしければ、近々、僕とキースが共同で主催する、ごく親しい身内だけのプライベートなお茶会があるんだ。もしよければ、エリシア嬢も、息抜きにいかがかな? 日頃の厳しい花嫁修業の、良い気晴らしになればと思ってね」
「まぁ……! 本当ですの!? ぜひ、ぜひ参加させてくださいませ!」
パッと大輪の花が咲いたような、己の勝利を確信した笑顔を浮かべるエリシア。僕は冷ややかに彼女の手を腕から引き剥がした。
「では、日時など詳細が決まりましたら、正式に『案内状』を送らせていただきます。自習、頑張ってくださいね、エリシア嬢」
「分かりましたわ。では……お二人とも、お茶会の席でまた。……お楽しみくださいませ」
エリシア嬢は、僕の親友二人に完全に「気に入られた」と確信し、満足げに腰を揺らしながら私邸の方へと去っていった。
彼女の姿が完全にガゼボから見えなくなったのを確認した瞬間、僕とキースは同時に深いため息を吐いた。
「おいノア。俺とお前で、プライベートなお茶会の主催予定なんてあったか?」
キースが胡散臭そうな目をノアに向ける。すると、さっきまでの初々しい笑顔を霧のように消し去り、ノアは眼鏡の奥の瞳を冷酷な猟犬のものへと変えて不敵に笑った。
「うん? いや、ないよ? 今作った」
「だろうな。お前のそのタチの悪い顔を見るのは久々だ」
僕はガゼボの椅子に深く腰掛け、親友の企みを見つめた。
「レオンの話だと、リア先生が書いた『才女としての証拠(本物の論文)』はすでに侯爵家で掴んでいるんだろう? だが、リア先生を社交界の笑いものにした、あの王城での『花瓶事件の真相』や、エリシア嬢の裏の悪評についての決定的な証拠までは、まだ衆目の前で叩きつけるには少し弱い。……そうだろう?」
「ああ。実家の圧政のせいで、アリアは社交界に一度しか出ていない。対して、エリシアは何度も夜会に出て自らの悪評を『アリア』として触れ回っている。だが、僕も同時期に社交界に出なくなったために、誰が証人となってくれるのか探すのが大変なんだ」
僕の言葉に、ノアは低く、楽しげに笑った。
「それなら僕に考えがある。任せてくれ――――」




