天才のやらかしと、お茶会に乱入した珍獣
話は遡り、アリアたちが花嫁修業のために我が侯爵邸へとやってきてから、一ヶ月が経った頃のこと──。
「──ぶははははは! おいレオン、お前、名乗りもせずにプロポーズしたのかよ! どんな強心臓だよ! それで盛大に『勘違いのすれ違い』を起こして自爆するとか、お前最高すぎるわ!」
「ヒー、ヒー! お腹痛い……っ! あの完璧超人のレオンハルトが、こと恋愛に関してはここまでポンコツだったとはな! いやぁ、お前も同じ人間だと分かって心底安心したよ」
親友のノアとキースを前に、僕は自らの黒歴史をまたしても白状する羽目になっていた。
アリアが僕のせいでどれほどパニックになり、絶望したかは言うまでもない。すべては僕の傲慢さが招いた罪だ。僕自身もかなりアイデンティティを打ち砕かれて傷ついたとはいえ、ただでさえ実家で傷ついていた彼女に追い打ちをかけてしまったのだ。こいつらにこれくらい笑われるのは当然の仕打ちだった。
「あー、それであの悪名高き『妹君』も一緒に侯爵邸へ来ることになったわけか」
「正直、お前があのエリシア嬢と本当に結婚することになったのかと思って、一時は我が国の医療界の未来に肝を冷やしたぞ。論文は素晴らしいが、風評が最悪だったからな」
キースの言葉に、僕は冷酷に目を細めた。
「そんなわけないだろ……。ただエリシア嬢、一応は根性を見せようとしているのか、花嫁修業の実習には毎日必死にかじりついてはいるんだ。教師を使って、アリアの手柄を横取りして、完璧に自分の実績であるかのように振る舞っているよ。……正直、すぐに逃げ出すと思ってたんだが、彼女の強欲さと図々しさをを甘く見過ぎていたようだ」
僕たちがそんな冷徹な近況を話し合っていた、まさにその時だった。
「──まぁ! レオンハルト様! こちらにいらしたのですね!」
背筋にゾクリと不快な寒気が走った。最悪の予感しかしない。
恐る恐る振り返れば、案の定、お茶会に招待すらしていないはずの、きらびやかなドレスを纏ったエリシア嬢が、満面の笑みを浮かべてこちらへ近づいてくるところだった。
「ご友人がいらしているなら、わたくしにも紹介してくださらない?」
彼女は僕の許可も得ず、僕の腕を無遠慮にギュッと掴むと、計算高い上目遣いをして見せた。その瞬間、高級な香水の香りが鼻をつき、僕は不快感で眉をひそめる。
「初めまして。わたくし、グレインフィール伯爵家のエリシアと申しますの。レオンハルト様とは、日頃からそれはもう、特別に親しくさせていただいていて──」
(……絶句ものだな。自分よりも遥かに身分の高い貴族(リーヴェル辺境伯とヴァルハイト侯爵令息)を前に、席次も礼儀も無視して先に名乗りおったぞ、この珍獣は……。 アリアが毎度、彼女のせいで顔を青ざめさせられるわけだ)
その不自然な距離感。媚びを含んだ言い方。そして、僕の「本命の婚約者」を気取るかのような含みのある視線。
まるで、自分がこの侯爵家の未来の女主人になることが確定していると言わんばかりの態度だった。
「……ッ」
ノアは一瞬、驚愕に目を見開き、次の瞬間には口元を必死に手で押さえて下を向いた。
キースの肩も、プルプルと微かに震えている。
当の僕はといえば、彼女のあまりの空気の読めなさと無礼さに、もはやツッコむ気力すら失って呆気にとられていた。
(ああ……終わった。これ、あとでこいつらに死ぬほど弄り倒されるやつだ……)
「……あ、あはは。そう、なんだ。特別に、ねぇ……」
「へぇ……それはそれは、ご丁寧に……」
ノアもキースも、引き攣った声を若干震わせながら、どうにか大人の対応を返している。だがその目は完全に引き攣っていた。さすがの僕も、これ以上彼女の危険な勘違いを放置して侯爵家の名誉に傷を広げるわけにはいかない。早く退散させた方が身のためだと判断し、僕は努めて冷ややかに声をかけた。
「エリシア嬢、紹介はそこまでにして、すぐに私邸に戻りなさい。君は今、実習の最中のはずだ」
「まぁ、レオンハルト様ったら! お友達の前だからって、そんなに照れ屋さんにならなくてもよろしいのに。つれないお方ですわね?」
……違う。地球がひっくり返ってもそれはない。
「ぶはっ……! ククク……ッ! 腹が、腹がよじれる……ッ!」
ついにノアが耐えきれずに、変な声を漏らして噴き出してしまった。
キースもまた、信じられないものを見る目でエリシアを見つめている。
だが、この哀れな珍獣は、自分が極上の笑いものになっているなど夢にも思っていないようで、さらに僕へのボディタッチを強めてくるのだった。




