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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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偽証の代償、そして逃げ場なき法廷

「な……何故ですか、小侯爵様。我々はこれまで、ヴァルツァー家と極めて友好的な関係を築いてきたではありませんか……! 不出来な娘を厳しく躾けるのは、親として当然の義務です。我々は侯爵家に恥じない完璧な婚約者を育てるために、最善を尽くしたにすぎません……。多少、教育が厳しかったことは認めますが、すべては貴方方の恩に報いたいと思ってのこと。絶縁などという恐ろしいことは、どうか、どうかお取り消しください……!」


ロベルト伯爵は、額に大量の脂汗を浮かべながら縋るように訴えかけた。だが、その見苦しい命乞いは、かつて旧友であったはずの現当主、アルベルト・フォン・ヴァルツァー侯爵の重々しい一喝によって、容赦なくへし折られた。


「──ロベルト。君の言う『多少厳しい教育』とは、実の娘を薄暗い独房に監禁し、あまつさえ日常的に暴力を振るい、食事を抜いて飢えさせることを指すのか? それが親であれば許される行為だと、本気で思っているのか」


「ア、アルベルト様……っ」


「金輪際、私の名を親しげに呼ぶな。君が実の娘を虐待し、尊厳を泥に塗ってきた張本人だ。あれほど、我が家との縁談に固執する必要はない、娘たちの幸福を最優先にしろと言い含めておいたはずだ。あの忌まわしき伝染病が終結し、元気に生まれた双子の娘をこれ以上ないほどの笑みで喜んでいた君が、まさか、我が家に嫁がせる道具として娘を壊していたとは、夢にも思わなかったよ……!」


アルベルト侯爵の声音には、裏切られた旧友への深い失望と、凄まじい怒りが滾っていた。

逃げ場を失った伯爵は、血走った目で壇上の私を強く睨みつけた。


「アリア……ッ! 貴様、侯爵閣下に何を吹き込んだ……!!」


激昂した父が私に掴みかかろうとしたその瞬間、冷徹な声で遮ったのは、隣に立つ侯爵夫人・セレナ様だった。


「いい加減になさい、ロベルト伯爵!」


凜とした声が会場に響き渡る。


「私は先日、アリアちゃんの身体を正式に診察させていただきました。両腕に遺る執拗な打撲痕、両足に刻まれた鞭による裂傷、そして全身に散見される多数の内出血……栄養不足による成長の遅れと、精神的疲労は誰の目にも明らかです。貴方が長期にわたりアリアちゃんを虐待していたことは、この私が医学的知見に基づき、閣下に報告いたしました。不当な叱咤を飛ばすなら、この私になさい」


王宮筆頭医官でもあるセレナ様直々の『告発』を前に、伯爵はガタガタと膝を震わせ、完全に言葉を失った。

すると今度は、実母であるマルティナ夫人が、夫とエリシアを庇うように悲鳴じみた声をあげた。


「で、ですが……っ! 王城の夜会で、花瓶を引っ掛けて我が家の名誉に泥を塗るという無様を晒したのは、間違いなくアリアなのです! あのような社交界の恥晒しを、侯爵夫人に迎えるなど──」


「貴方方は一部始終を見ていないから、そう思い込んでいるのでしょう」


遮ったのは、レオンハルト様だ。その琥珀色の瞳には、冷酷な嘲笑が浮かんでいた。


「あれは、アリア嬢の才覚に嫉妬したエリシア嬢が、背後から故意に彼女を突き飛ばしたために起こった悲劇だ」


「何だって……!?」

「嘘よ、そんなの嘘だわ……っ!」


伯爵夫妻が絶叫する中、エリシアが狂ったように叫ぶ。


「ち、違うわ……! でたらめを言わないで! なんでこの私が、あんな能無しの姉にそんなことをしなきゃいけないのよ! 証拠なんてどこにあるの!?」


「──ならば、僕がその身分と名誉にかけて、真実の証人となりましょう」


大広間の席から、静かに、けれど圧倒的な威厳を放って立ち上がったのは、レオンハルト様の友人であり、若き軍の英雄であるノア・フェリクス・リーヴェル辺境伯令息だった。


「アリア嬢は我がリーヴェル軍とともに過酷な東部遠征に赴き、命の危険を顧みず、戦傷した兵たちの治療に何度も従事してくださいました。彼女の卓越した医療技術も、その温厚で気品ある人柄も、この僕が保証します。僕はアリア嬢と旧知の仲だ。あの日、彼女の功績を称え、私の高貴な友人たちを紹介しようとしたその瞬間、エリシア嬢が背後から彼女を突き飛ばし、社交界の笑いものにした。僕はこの目で、その醜悪な犯行の一部始終を見ていました」


「ノア様……どうしてそんな嘘を……っ」


エリシアは顔を白く染め、信じられないという目で彼を見つめた。さらに、必死に自らの色香で言い逃れようと、妖艶な笑みを作って見せる。


「お二人とも、酷いですわ……。私が、お二人からの熱烈な『寵愛』を受けてなお、レオンハルト様を選んだことが、そんなにお気に召しませんの? 男の嫉妬は見苦しいですわよ」


「寵愛?」


ノアの隣から、もう一人の友人であるキース・アドリアン・アークレイン侯爵令息が立ち上がり、虫吐き気を催すような軽蔑の視線をエリシアに投げつけた。


「君のような、男を品定めすることしか脳のない汚らわしい令嬢を、我々が選ぶとでも思っているのか? よくもレオンの婚約者だと豪語できたものだ。君に誘われて赴いた夜会の裏で、君が複数の男を休憩室に誘い込み、不適切な時間を過ごしているのを、我々の密偵が何度も確認している。フェリー男爵令息、カルディア子爵家嫡男、挙句の果てには富裕商会の御曹司にまで手を出していただろう。それに対し、俺とノアは常に正式な婚約者を同伴させていた。君に言い寄った事実など、欠片も存在しない」


「キース様まで……ッ」


味方だと信じ込んでいた高位貴族たちからの、容赦のない「不貞の暴露」。エリシアは完全に退路を断たれ、言葉を失って立ち尽くした。


「では、父であるロベルト伯爵、マルティナ夫人。お答えいただきましょう」


レオンハルト様が、冷徹な法官のような声を響かせる。


「アリア嬢が正式に社交界に籍を置いたのは、あの王城での一回だけだ。そうですね……?」


「……っ」


両親は青ざめて俯き、拳を血がにじむほど握り締めながら、「……そうです」と消え入るような声で事実を認めるしかなかった。

アリアには社交を一切許さず、エリシアだけを華やかな場に出していたという歪な事実が、そのまま「アリアには男を誘惑する機会など物理的に存在しなかった」という決定的な証明になったのだ。


それでもなお、エリシアは往生際悪く、壇上のレオンハルト様に向け、最後の足掻きとして涙を浮かべて問い詰めた。


「れ、レオンハルト様……! 貴方は、わたくしを『婚約者』とお認めになったからこそ、あのお茶会でご友人二人を私に紹介してくださったのではないのですか!? 三人がかりでわたくしを嵌めるために、このようなお芝居をなさるなんて……あんまりですわ!」


その見苦しい訴えに対し、レオンハルト様の端正な顔に、残酷なまでの冷笑が零れ落ちた。


「勘違いするな。君は、最初からあのお茶会に招待すらされていない。君が招待状を盗み、勝手に席に押し入って、勝手に挨拶を始めただけだろう。……それに、彼ら二人は国法に基づき、自らの名と爵位を出して証人となっている。嘘を吐けば偽証罪となり、即座に爵位剥奪と投獄の刑に処される。──エリシア嬢、貴方には、それと同等の覚悟を持って、彼らの言葉を『嘘』だと断言できる証拠があるのですか?」


「っ……!!」


エリシアは言葉を詰まらせ、激しい屈辱と恐怖に歯を食いしばった。


(嘘……。レオンハルト様がエリシアを友人に紹介したのは、未来の伴侶として認めていたからじゃなくて……最初から、エリシアの罪を衆目の前で完璧に吊るし上げるための、壮大な罠だったの……!?)


理解が追いつかない。

嬉しさと同時に、自分のためにここまで完璧な断罪の場を用意してくれたレオンハルト様の、底知れない執念に胸が締め付けられる。

私は彼とエリシアが結ばれるのをただ手伝っていた身。そして、今日のこのパーティーの途中で、あんなにお世話になった侯爵家から「夜逃げ」しようと馬車まで手配していた大罪人なのに。


「賢明な判断だ。これ以上言い逃れをするなら、あの夜会でアリア嬢の気品ある立ち振る舞いに魅了された、他の山ほどの証人たちをここに呼ぶ羽目になるところだった。大方、地味だと思っていた姉が社交界の注目の的になったことに嫉妬したのだろうが……あまりにも愚策だったな。我がヴァルツァー家の誇るべき友人を嘘つき呼ばわりした罪、後でたっぷりと償ってもらおう。──なぁ、ロベルト伯爵?」


レオンハルト様の冷徹な視線が突き刺さり、グレインフィール家の三人の顔から完全に血の気が引いていく。

目の前で、かつて私を地獄に突き落とした元家族たちが、言い逃れのできない絶対的な破滅(チェックメイト)へと追い詰められていく光景を、私はただ、激しい心の動揺と共に、震えながら見つめることしかできなかった──。

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