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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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秘めたる贈り物

私は彼の骨がきしむほど力強い手に引かれ、賑やかな市井の街を歩いていた。

本当なら他の店をじっくり見て回りたかったが、私の全神経は隣のレオンハルト様に集中していて、周囲の景色に目を向ける余裕など一ミリも残されていない。


(本当に……合流するのが馬車の手配を終えた後でよかったわ。もし彼に見られていたら、言い訳のしようがなくてその場で詰んでいたもの……っ)


首皮一枚で繋がった逃亡計画に冷や汗を流していると、彼が「ここに入ろう」と私を誘ったのは、市井で最も格式高い老舗の高級宝石店だった。


「えっ……!? ちょ、小侯爵様?」


「どうぞ」


戸惑う私の背中を優しく押し、彼は当然のように私を中へとエスコートした。貴族令嬢でありながら、実家で虐げられてきた私は本物の宝石など一つも持っていない。ショーケースに並ぶ、初めて見る天文学的な値札の数々に不覚にも衝撃を受けてしまう。


(まさか……誕生日の主役であるレオンハルト様が、私にこの品々をねだる為に連れてきたのか……)


困惑する私をよそに、彼は厳選された棚から徐に一つの美しいイヤリングを手に取ると、私の耳元へとそっとあてがった。彼の指先が私の耳たぶに触れ、身体がビクリと跳ね上がる。


「うん……やっぱり、凄く似合うね」


「あ、あの……小侯爵様?」


「さすがヴァルツァー小侯爵様、お目が高い! ですが奥には、未来の侯爵夫人殿に相応しい、さらに特別な一級品も用意しております。よろしければご案内を?」


「ああ、よろしく頼むよ」


店の者の言葉に、レオンハルト様は満足げに頷いた。そうして奥の特別室へと案内されるまま、私はされるがままに、次々と極上のダイヤモンド、ネックレス、そして白く細い指にぴったりと嵌まる指輪を試着させられていく。


(……何故、誕生日の主役が女性物の宝石をこんなに……? ああ、そうか。エリシアへの『婚約内定サプライズ』のサイズ合わせね。私とエリシアは双子だから、私を身代わりの試着人形にしているんだわ)


胸の奥がチクチクと痛むのを無視して試着を終えると、彼は私の指から外された指輪を見つめながら、店員に「これと、これと、これと……この一連のセットをすべて、我が家へ届けるように」と淡々と命じた。

さすが侯爵家の嫡男、金に糸目をつけぬ傲慢さであっさりと買い占めていく。彼と正式に結ばれるエリシアは、これを見た瞬間に感動して号泣するに違いない。そんな眩しいお披露目パーティーの描写が、嫌でも脳裏に浮かんできて視界が滲んだ。


そうして彼が購入手続きをしている短い間に、私は店内の片隅に置かれた、少し毛色の違う品に目を止めた。

さっき馬車の中で彼が「実用的なものがいい」と言っていたのを思い出す。少しアンティーク調の、品のある金の装飾が施された万年筆。羽ペンが主流のこの時代、万年筆は最先端の超高級品だ。


(これなら……私を助けてくれた、お義父様とお義母様への恩返し……そして、レオンハルト様への最初で最後の、ささやかなお礼になるかしら)


私はレオンハルト様にバレないよう、自分のなけなしの貯金を使ってそれをコッソリと購入し、厳重にラッピングしてもらって持ち帰ることにした。


買い物を終えて合流すると、レオンハルト様は私の手元にある小さなプレゼントの箱を見て、実におかしそうに目を細めていた。


「あれ。僕の見ていないうちに、何か買ってしまったの? 僕が代金を出してもよかったのに」


「そ、そんなわけにはいきませんわ! これは、その……今までお世話になったお礼でもありますから……当日まで内緒です」


「ふふ、そうか。楽しみにしているよ」


愛おしそうに私の頭を撫で、ラッピングされた宝飾品の箱を抱えた彼と共に私たちは店を出た。

すると買い物を終え馬車へと戻ると、待ち伏せしていたエリシアが、般若のような形相で私たちを激しく睨みつけてきた。


「レオンハルト様! 酷いですわ!! あの時計店に、貴方の欲しがっていらした腕時計なんて置いていませんでしたよ!?」


「おや、おかしいですね。僕の勘違いだったのかな……? 探させてしまって申し訳ありません、エリシア嬢」


悪びれもせず、完璧な貴公子の笑みでかわすレオンハルト様。

そんな二人の間で起こった高度な政治的(?)駆け引きなど知る由もない私は、激怒するエリシアと、それを冷然と無視して私の手を繋ぎ直すレオンハルト様に挟まれながら、一先ずその日の任務を終えた。


手元には、東部行きの馬車の予約票。

そして、彼への最初で最後の万年筆。


(これで、すべての準備は整ったわ。あとは誕生日当日、彼がエリシアとの婚約を発表した瞬間に、私は消えるだけ──)


来るレオンハルト様の誕生日に向け、私の心は決まっていた。

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