捕獲された小鳥
いよいよ、レオンハルト様の二十歳の誕生日が間近に迫っていた。
ヴァルツァー侯爵夫妻も、今年の誕生祭は国中の重鎮を招いて盛大に行うと言っていたし、私は逃亡するなら、まさにこの日こそが絶好のチャンスだと考えていた。
当日は多数の来客と馬車で屋敷が溢れかえる。私がこっそり脱走用の馬車を手配しても、紛れて気づかれにくいはずだ。
それに屋敷の人々も侯爵家の方々も、パーティーの対応で私の失踪にすぐ気づくことはないだろう。逆にこの日を逃せば、私は実家へと強制送還され、どんな貴族に売りに出されるか分かったものではない。この機を逃せば、私は一生地獄を見る羽目になるのだ。
(やるしかないわ。あとは、当日の逃走用馬車の手配さえできれば、すべては恙なく実行できる……!)
そういうわけで私は、レオンハルト様への『誕生日プレゼントの買い出し』という、これ以上ない正当な名目を掲げて市井へと来ていた。
一人で外出許可を勝ち取ったつもりが、なぜか同じ目的でエリシアと、そして誕生日の主役であるはずのレオンハルト様本人が「護衛に」とついてきた。
「レオンハルト様、せっかくの二十歳の記念すべき誕生祭ですもの。どんなものがお好みですか?」
この場にエリシアがついてきたことは、私にとってむしろ幸運だったかもしれない。エリシアは馬車の道中、レオンハルト様の隣を完全に陣取り、これ見よがしに贈り物の希望を聞いていた。彼は、プレゼント選びをサポートし、未来の婚約者のエスコートをするために、忙しい合間を縫ってきてくれたのだろう。
「……そうですね。僕はあまり華やかな社交界には出ませんし、実用的なものがいいですね」
レオンハルト様はエリシアとそんな話を交わしている。その姿を見ていると、すっかり相思相愛のようだ。私は二人のデートのおまけ(空気)であって、共に行動するわけではない。
そうして目的の市井へと到着するまでに、なんと馬車でまるまる二時間もかかった。
(……二時間。重い荷物を持ちながら、身一つで走って逃げ出すにはあまりにも遠すぎる。途中で追っ手につかまるのがオチね。やっぱり馬車の確保は絶対だわ!)
確信を得た私は、市井に到着するや否や、急いで馬車を飛び出した。
「それでは、私はこれで。自分の買い物もありますので、三時間ほどで戻ります」
そうして私は、当日の逃走用馬車をコッソリ手配するため、一人で街の散策にあたった。
「すみません、少し道をお尋ねしたいのですが……」
市井の人々に道を聞きながら、貴族の追っ手が及ばない、裏通りの平民用の馬車貸出所へと到着した。そこで東部行きの定期馬車を、誕生祭の当日にきっちり予約する。
「ふぅ……! これで、第一段階はクリアしたわ。あとは当日の、プレゼントを買うだけね……」
大きな仕事を成し遂げた安堵感で、私はまた来た道を戻りながら、並ぶお店をのんびり見て回った。すると──。
ガシッ。
ふいに、背後から驚くほど強い力で手首を掴まれた。心臓が跳ね上がり、驚いて振り向く。
「アリア」
そこには、恐ろしいほどの美貌に、一切の感情を読ませない涼しい顔を貼り付けたレオンハルト様が立っていた。
「し、小侯爵様……!? なぜ、こちらに……っ」
「君が急にいなくなったから、心配したじゃないか」
「あ、申し訳ございません……。お邪魔になってはいけないと思い、あとで合流しようと……」
言い訳を紡ぐ私の手を、彼は離すどころか、指の間に自分の長い指を容赦なく滑り込ませてきた。ぎゅっと深く、恋人繋ぎの形で、骨がきしむほど強く、私の手を包み込む。彼の手が、恐ろしいほど熱い。
「あ、あの……手、手手手、手が……っ!? 小侯爵様、他人の目が……っ!」
「う~ん? 家族と手を繋ぐのは普通のことでしょう?」
すっとぼけたような極上の甘い笑みを浮かべ、私の手を引いて歩き出すレオンハルト様。その歩調は、私が無理なく歩けるように完璧にコントロールされている。
「それよりアリアは、僕に何が欲しいのか聞いてくれないの?」
「わ、私は……その、サプライズと思いまして! 当日までのお楽しみにしていただければと……っ」
私の渾身の(この場を逃げるための)言い訳を、彼は「そっか」と優しく笑いながら、すべてを見透かしたような深い琥珀色の瞳で受け流した。
「あ、あの、エリシアはどうしたんですか?」
「ああ。彼女とも、人混みではぐれてしまってね。せっかくの機会だ、僕と一緒に彼女を探しながら、二人で街を散策してはどうだろうか?」
「は、はい……そうですね」
(……え? あのレオンハルト様に文字通り死がみついていたエリシアが、彼の側を離れるなんてこと、天変地異が起きてもあり得ないはずなのに。買い物に夢中になりすぎたの? でも、そんなに大きなお店なんてあったかしら……?)
次々と浮かぶ疑問に首を傾げながらも、私は彼のあまりにも強固な力に逆らえず、手を引かれるまま街の中を歩くことになった。




