捕食者たちの決戦会議
こうして、グレイス主導の罠を何日も泳がせ、彼女らの浅薄な悪行とアリアの圧倒的な才能を「特等席」で見物した両親は、裏の執務室に戻るや否や、僕に絶賛の言葉をこれでもかと送りつけてきた。
「見事だ、レオン! 彼女の問診は完璧、医療知識の引き出しの多さも一流だ! しかも、わずか15のあの年齢で、あの手際の良さは何だ? まるでベテラン医師のそれではないか!」
「本当よ、でもねレオン。彼女、毎度あのコソ泥教師に実力を横取りされても、抵抗すらしないのよ? お母さんそこだけが不満だわ! 貴方のプロポーズを受けたんでしょう? そもそも、なんでそんなにハイスペックなのに、この縁談を断ったりなんかしたのよ!」
(あっ、ちょろいと思ってた両親から、一番痛いところを突かれたな……)
僕は仕方なく、観念して両親にすべての事情を白状することにした。僕が夜会の庭園で舞い上がり、自分の名前を名乗り忘れたままプロポーズしてしまったこと。そのせいが半分、実家の歪んだ刷り込みが半分で、彼女がある顔合わせの場で勝手に絶望してしまったこと。そして、夜会で出会った僕との恋心を終わらせるために、身を引きにここへ来たことなどなど。
それを聞いたヴァルツァー侯爵家の応接室には、その日、社交界の人間が見たらショックで卒倒するほどの特大の爆笑声が響き渡っていた。
「ぶはははは! おいレオン、お前、アリア嬢に名前すら名乗らずにプロポーズしたというのか! ワハハ! よくそんな不審者極まりない状態で、婚姻の快諾をもぎ取れたな! 天才ドクターの名が泣くぞ!」
「ウフフ、でも素晴らしいわねぇ。家柄や身分という付加価値ではなく、ありのままの『不審な貴方』を愛して受け入れてくれたってことじゃない! 最高のロマンスだわ! お母さん、そういう貴方のへっぽこな自爆エピソードなら、いつでも大歓迎よ?」
「不審、不審と……はいはい。その通りですよ。僕の大ポカです」
ソファを叩いて大爆笑する父と、目元を涙で潤ませながら楽しそうに扇で口元を覆う母。
両親にこれでもかと茶化されながらも、僕は大真面目だった。アリアと僕が「相思相愛(ただし彼女はパニック中)」であると分かった今、早急に解決すべき問題は、グレインフィール伯爵家がこの縁談を妹のエリシアで強引に推し進めようとしている、あの歪んだ実態だ。アリアの「私は身を引く」という呪縛さえ解ければ、彼女は必ず僕との婚姻に積極的になってくれる。
「でも、アリア嬢は本当に貴方のことが大好きなのね。実際どんな子なのかはこれからの共同生活で見極めるけれど、礼儀作法は完璧だし、身分を弁えた素晴らしい子だと一目見て分かったわ」
「ああ。グレインフィール伯爵夫妻のあの様子を見るに、妹の教育には無残に失敗したようだが、アリア嬢に関しては存外、見事な才女に育て上げたじゃないか。一体どういう英才教育を施せば、あんなに極端な姉妹が誕生するのやら……」
感心したように顎を撫でる父に対し、僕は奥歯を噛み締め、冷徹な声で彼女が先ほど零した『真実』を口にした。
「……それが、育てるも何も、まともな生活すら与えられていなかったようです」
「……ん? どういう意味だ、レオン」
「彼女、部屋に案内した際、ぽろりと口を滑らせたのです。『私は独房……あ、いえ、それなりの部屋にいた』と」
応接室の空気が、一瞬で凍りついた。
父の笑い声がピタリと止まり、母の扇を握る手が微かに震える。
「……は? 独房……? アリア嬢が、確かに自らの口でそう言ったのか?」
「まさか、いくらなんでも爵位を持つ貴族の家で、実の娘を……」
「はい。彼女はすぐに慌てて言葉を濁していましたが、間違いなく『独房』と口にしました。キースから得た家庭教師のリーク情報とも完全に一致します。彼女があの家で、人間以下の冷遇と虐待を受けていた事実は間違いありません」
その言葉を聞いた瞬間、両親はそれまでの軽口を完全に閉ざした。
笑顔の消えた父の瞳に、一国の医療を牛耳る最高位貴族としての、おぞましいほどの威圧感と、獲物を解剖するような冷徹な光が宿る。
「……なるほどな。あのコソ泥コンビ(エリシアとグレイス)を処断するときに、まとめて『もう二人(グレインフィール伯爵夫妻)』追加だな。実の子供を道具以下に冷遇するなど、人の親にあるまじき所業。我がヴァルツァー家の総力を挙げて、その辺の事情、徹底的に裏を洗って問い詰めてくれよう」
我が家のトップたちの目つきが、明確に「捕食者」のそれへと変わった。
「ええ、それなら私は、うんと厳しくあの二人を吟味かなくてはね……。ヴァルツァー家の次期夫人たるもの、お茶会も、薬草園の管理も、領民の健康維持もすべて完璧にこなせなければお話にならないわ。レオン、貴方の最愛の人のためにも、私が公平に、かつ徹底的に二人の『本質』を暴いてあげるから、安心してちょうだい?」
母が浮かべた「聖母の微笑み(※中身は猛毒)」に、僕は満足して頷いた。
母が言う「二人の本質」の「二人」とは、もちろん僕の婚約者を気取っているエリシアと、その共犯者であるグレイスのことだ。これから始まる公式な評価の場で、二人が勝手に自爆し、アリアのカルテを盗んだ事実を自らの口で白状するよう、母は華麗に外堀を埋めるつもりなのだ。
「はい。……よろしくお願いします、お父様、お母様。すべて、アリアに引き合いに出して、彼女の目の前で完璧に演出し、立証してください」
「ああ、任せろ。あの伯爵夫妻も含めた四人揃って、医療の最高峰である我が家の前で、その不誠実の代償を支払ってもらうさ」
こうして、お互いの想いを確認し合った甘やかな夜は終わりを告げ、アリアの憂いをすべて晴らすための、ヴァルツァー家流の苛烈で、そしてちょっとお茶目な「断罪」の場が、もうそこまで来ていた。
すべては僕たちの輝かしい未来のため。アリア、君はただ、その完璧な知性で僕の隣に座っていればいい。




