圧迫診察(面接)と、完璧なる被検体
東屋でのお茶会は、遅効性の毒を煽るかのような無難な世間話が続いた。
「レオンハルト様、普段は何をなさっているの?」
「私、趣味は――」
僕は適当に話を合わせ、ただ時間が過ぎるのを待った。頃合いを見て解散し、アリアの胃壁を休めなくてはならない。
ふと横を見ると、アリアは我が家の庭園を見つめたまま、絶望に満ちた顔をしていた。どうやら彼女は妹の壊滅的な奇行を目の当たりにしたことで、僕に妹を薦めることが「医療界、あるいは人類に対する大罪」であると認識したようだ。
(それは非常にいい傾向だ。もう二度とあの珍獣を僕に推薦しないでくれ)
「あ、あの、小侯爵様……少し、お願いが……」
「なんです、アリア」
彼女は僕が「アリア」と呼ぶたびに小さく肩を震わせる。
「あの……この後の侯爵ご夫妻へのご挨拶なのですが。妹が……その、少々、慣れない環境で興奮しておりまして。不備(粗相)が出ては大変失礼に当たりますので……まずは、私一人でお伺いしてもよろしいでしょうか……?」
「是非そうしましょう」
彼女も身内の素行がここまで終わっているとは思っていなかったのだろう。侯爵家の挨拶という公式な場で妹が地雷を踏み抜くのを恐れた彼女は、僕に早めの防衛策を相談してきたのだ。
だが、ここで僕が彼女を親しげに呼んでいるのが気に障ったのか、珍獣が噛みついてきた。
「まぁ! 出来損ないの姉のことをそんな風にお呼びになりますの? わたくしのこともエリシアと呼んでいただけませんか?」
「……前向きに検討(善処)しておきますね」
そのお役所仕事のような塩対応に、エリシア嬢は瞳を見開き、悔しそうに顔を歪めてアリアを睨みつけた。僕が冷淡にあしらっているのだから、怒りの矛先は僕に固定されるべきだろう。まあ、ここで彼女の機嫌を損ねてしまうと、この先の実習(断罪パート)で彼女が自ら罠に飛び込まなくなるかもしれない。それは観察の観点からして困る。今はこのままでいい。
「では、初日はこの辺にしてゆっくり休んでください」
こうして、アリアにとっての精神的拷問ツアーは早々にお開きとなった。――というのは、表向きの話。
僕はエリシア嬢には内緒で、アリアだけを両親の待つ執務室へと連れてきた。
重厚な扉を開けた瞬間、室内の空気が一変する。
「やぁ、ようこそお越しいただいた、アリア嬢」
(さあて、しっかり問診(診察)を開始しよう。我がヴァルツァー家の門がどれほど狭いか、思い知らせてやろう)
「まぁ、お待ちしておりましたよ」
(貴女の本性をさらけ出しなさい。我が息子に蔓延る未確認の腫瘍(誘惑)は、早期に摘出しなくてはいけませんからね)
デスクの向こうで不敵な笑みを浮かべる我が両親。完全に悪徳面接官の演出に入っていた。
イジメる気などミリもないくせに、すっかり意地の悪い小姑の役作りをして待ち構えている両親に、僕はこめかみを痛める。
「ちょっと、お父様、お母様――」
(厳格な最高教授陣を気取っているのだろうか。本当に厄介な性格をしている……)
だが、ここで肝の据わったアリアの真骨頂が発揮された。
値踏みをするような、研究者が新種の細胞を見るかのような両親の不躾な視線を浴びながらも、彼女は一切怯むことなく、最高精度のパフォーマンスを披露したのだ。
流れるような動作でドレスの裾を引き、完璧な角度のカーテシーを決める。
「私一人でご挨拶に伺いましたこと、先んじて深くお詫び申し上げます。改めまして、アリア・グレインフィールと申します。この度はヴァルツァー侯爵家での花嫁修業という、身に余る名誉ある機会を頂きましたこと、心より光栄に存じます。妹エリシアと二人、全力を尽くしますので、以後よろしくお願いいたします」
その寸分の狂いもない淑女の礼と、一切の淀みのない発声に、両親の「圧迫面接作戦」は一瞬で崩壊した。ここでアリアにボロを出させ、突っ込みを入れるつもりだったのだろうが、そうは問屋が卸さない。アリアはマナーの教科書そのものだった。
((ほぉ……この程度のプレッシャーでは、バイタルすら乱れないか……!))
両親の目が同時に輝く。とりあえず、第一の関門は突破した。
アリアはきついだろうが、高位貴族のマナーに則り、両親の許し(合図)が出るまでそのお辞儀の姿勢を微動だにせず維持している。その体幹の安定感すら、我が家の医者共にとっては「素晴らしい筋緊張度だ」という評価に繋がっているに違いない。
「顔を上げてください。こちらこそ、有意義な『実習』となるよう最善を尽くしましょう」
(まぁ、本当の臨床試験(試練)は明日からだ。付いてこられるかな?)
「我が家を継ぐからには、相応の適応能力が必要でしてよ。まず明日に向けて英気を養ってくださいな」
(私の目が黒いうちは、しっかり経過観察させていただきますからね)
両親の脳内が完全に「研究モード」になっていることなど知る由もないアリアは、最後まで完璧な淑女として、その「敵意(勘違い)」を正面から受け止めていた。
「承知いたしました。明日よりしかと取り組んでまいります」
こうして、両親が彼女に「被検体としての最大級の興味」を抱いたのは分かった。彼女は僕が思っている以上に、両親の「オタク気質」に刺さっている。
だが、その、珍しい症例を発見した時のような研究者の目はなんとかならないものだろうか。彼女を両親に正しく評価されたいという僕の狙いは大成功したが、評価のベクトルがアリアにとって「恐怖」でしかないのが問題だ。
執務室を出て、重厚な扉が閉まった瞬間。
アリアは壁に背を預け、まるで全力疾走した後のように肩を上下させて、必死に呼吸を整えていた。その手は小さく震えている。
「しょ、小侯爵様……っ、私、きちんと……失礼のないご挨拶が、できておりましたでしょうか……?」
涙目で不安を打ち明ける彼女を見て、僕は申し訳なさと、愛おしさで胸がいっぱいになる。両親の(無駄に威圧的な)マウントに必死に耐え、完璧に取り繕ってくれていたのだ。
「相応しく、完璧でしたよ。アリア、君は何一つ心配することはありません」
僕は彼女の震える手をそっと包み込み、心の中で深く頭を下げた。
(本当に申し訳ない、アリア。うちの両親がマッドサイエンティストのようで、君を怯えさせてしまった……。でも、どうか彼らの奇行にドン引きして逃げ出さないでくれ。僕の未来の平和は、君のその完璧な対応力(適応力)だけが頼りなんだ……!)
アリアの困難に満ちた(と本人は思っている)花嫁修業は、こうして本格的に幕を開けるのだった。




