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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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狂気の選別、悪魔として生まれた妹

それから、十年の月みが流れた。

私たちは十歳になり、容姿の美しさが際立つ年齢になっていた。


「ねえねえ、お母様見て! エリシアね、このドレスとっても似合うでしょう?」


お気に入りの新しいドレスの裾を広げ、くるりと回って見せる妹・エリシアに、母・マルティナは満足そうに目を細めていた。


「まあ、本当。まるでお花が咲いたみたいに可愛らしいわ」


「でしょう? 鏡の前のエリシア、まるでお姫様みたいって思ったの!」


「ふふ、当然よ。あなたは私たちの、とびきり可愛い自慢の娘なんだから」


はじけるような笑顔を浮かべるエリシア。そのサラサラとした美しいアッシュブラウンに魅了された母は、愛おしそうに彼女の頭を優しく撫でた。

その睦まじいやり取りを少し離れた席で見つめながら、私――アリアは、そっと手元の分厚い医学書を閉じた。


「お母様」


私もまた、小さな胸を期待に膨らませて母の元へと駆け寄る。


「今日の課題が、すべて終わりました」


「え? あら、もう終わらせてしまったの!? ――まあ、本当に偉いわ、アリア! さすがは私の誇り、こんなに難しい勉強を難なくこなしてしまうなんて!」


母の手はエリシアからあっさりと離れ、私のアッシュブラウンの頭へと移る。何度も、何度も熱を帯びた手で褒めちぎられ、私は嬉しい反面、少し照れくさくて視線を伏せた。


私たちが物心ついた頃から、ヴァルツァー侯爵家との約束を果たすための教育が始まっていた。侯爵家から直々に派遣された家庭教師――グレイス・マクシミル先生から、難解な医術の基礎を学ぶ日々。歳を重ねるに従い、その難易度は跳ね上がり、幼い子供らしく遊び惚ける時間は消えていった。


私が「課題を終えた」と報告したその瞬間、母は途端に表情を般若のように険しくして、エリシアを振り返った。


「エリシア。あなた、昨日の課題はちゃんと終わらせたのでしょうね?」


「えー……あとでやるもん。今はドレスのお話をしてるじゃない」


楽しかった時間を邪魔され、ぷうっと不満げに頬を膨らませるエリシア。だが、恩返しという狂気に囚われた両親は、子供らしい我が儘を許すような甘い人たちではなかった。母の瞳から、一瞬で温もりが消え失せる。




パンッ!!!


激しい音が室内に響いた。母は、それまで微笑みかけていたエリシアの頬を、思いっきり平手打ちしたのだ。




「キャッ……!?」

床に倒れ込み、頬を押さえて目を見張るエリシア。


「だめよ! 『あとで』なんて絶対に許しません! あなたもヴァルツァー侯爵家に相応しい教養を身につけなければ、将来あちらの家を巻き込んで、我が家が大恥をかくことになるのよ!?」


「ううっ、お母様……酷い……。だって、お勉強は難しいんだもん! 私……医者になんてなれる自信がないわ! みんなアリアばっかり褒めて、エリシアのこと全然褒めてくれない! 楽しくないわ!」


エリシアが涙を流して声を荒らげた瞬間、母は冷酷な冷や水を浴びせるような視線を妹に突き刺した。


「医者になれる自信がない?……どうして同じ日に生まれた双子なのに、これほど差がつくのかしら。どうやら貴方には、我が家を救う『資質』がまるでないようね」


「お母様……?」


我が儘を言い、勉強から逃げ出すエリシアに対し、両親の態度は日を追うごとに目に見えて冷酷に、そして狂気じみていった。




「今日も課題をやらなかったのねッ!! ここで頭を冷やして反省しなさいッ!!」


「嫌だ! お願い、許して! お母様、こんな汚くて、暗い所は嫌よッ!!」




私の目の前で、エリシアは屋敷の地下にある、冷たい石造りの独房へと叩きこまれた。私は厳しい両親の教育に全身の血の気が引き、ガタガタと体を震わせることしかできなかった。

妹の泣き叫ぶ声が廊下に響き渡る中、私は強迫観念に駆られて必死に机に向かった。幼いながらに理解していたのだ。この手を止めてしまえば、明日は我が身。次は私が、あの暗闇に閉じ込められるのだと。


そしてある日の夕食時、父・ロベルトが放った決定的な一言で、姉妹の運命は完全に分断された。


「これでは、侯爵家に嫁ぐのはアリアで決まりだな。エリシア、お前は我が家には必要ない。大人しく独房の中で反省しなさい。我が家の名誉を泥に塗るようなことがあれば、更なる罰(飯抜き)を与えるからな」


「えっ……お父様……? お母様……?」


冷たく突き放され、エリシアの顔からサッと血の気が引いた。

その日を境に、両親からの期待のすべてが私に集中した。完璧を求める厳しい教育の後には、必ず蕩けるような飴(特大の賛辞)が与えられる。対して、エリシアへの関心は完全に消滅した。エリシアがどれだけ泣いて甘えても、両親がその瞳に彼女を映すことは二度となかったのだ。


何日も独房に閉じ込められ、食事も満足に与えられず、人間としての尊厳を奪われたエリシア。

ついに限界を迎えた彼女は、ある日、床に大粒の涙をこぼし、両親の足元に縋り付いて懇願した。


「ごめんなさい……お父様、お母様。私、ちゃんと勉強する。ちゃんと医者になる。死ぬ気で教養を身につけるから……お願い、私を見捨てないで……っ! あそこ(独房)にはもう入りたくない……っ!」


その惨めな姿を見て、両親は勝ち誇ったように冷酷に微笑んだ。


「そう、わかってくれればいいの。次からは絶対に遅れないことね」


「いいか! 我が家はヴァルツァー家に相応しい資質を期待されている。お前にその資質がなければ、またあの独房に入ることになる。それだけは忘れるなよ」


「うん……ちゃんと、ちゃんとするから……!」


こうして、エリシアは恐怖に支配され、必死に机に向かうようになった。

だが、この時の虐待が、エリシアの心に「資質がなければ、両親に人間として扱われない」という致命的なトラウマと狂気を植え付けてしまったのだ。


それからの彼女は、まるで何かに取り憑かれたように授業に臨むようになった。

――しかし、あまりにも残酷だったのは、エリシアの持って生まれた頭脳が、どこまでも医者としては「凡庸」だったことだ。


翌日の家庭教師の時間。


「では、昨日の課題を提出してください」


グレイス先生の言葉に、私は丁寧に綴じた解答用紙を差し出した。

一方のエリシアは、睡眠不足で酷い隈を作った顔で椅子にだらりと座り、震える手で乱雑な紙を差し出す。


しばらくして、二人の課題に目を通したグレイス先生は、深く、これ見よがしな溜息を吐き出した。


「……双子だというのに、どうしてこれほど理解力に致命的な違いが生まれるのでしょうか。アリア様はさすがでございますね。医学の要点を完全に把握し、独自の考察まで添えられている。……ですが、エリシア様。貴方のこれは、寝ずに丸暗記した言葉をただ並べただけで、中身の論理がまるで頓珍漢とんちんかんです。これではとても、アリア様の背中を追うことすらできませんよ」




「双子なのに――」

「双子でどうして――」


その言葉は、エリシアにとって、呪いの刃となってその胸に深く突き刺さった。




私は、自分が賞賛されるその真横で、悔しさと、羞恥と、なにより恐怖で顔を真っ赤に染めてガタガタと震える妹を見ていた。彼女のエメラルドグリーン(新緑の深緑)の瞳の奥で、私への純粋な親愛が、どす黒い「殺意に近い敵意」へと反転していく瞬間を、私は明確に目撃してしまった。


(ああ、どうして……。どうすれば良かったの……?)


私が優秀であることが、妹を地獄へ叩き落としている。

しかし、私が手を抜けば、今度は私が両親に見捨てられ、あの独房へ入れられる。


この時、エリシアの心の中で、私に対する決定的な牙が、静かに、しかし確実に研ぎ澄まされていった。

「アリアの才能さえなければ。アリアの手柄さえ、すべて私のものにできれば、私は愛されるのに」

その歪んだ生存戦略が、エリシアを本物の悪魔へと変えていった。

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