すれ違う慈悲、歪み始めた双子の運命
それから数か月後――。
病魔の嵐を乗り越えたグレインフィール伯爵家に、新しい命の産声が響き渡った。
それは、結婚してから初めて授かった待望の子。
領地を襲った疫病という大苦難を乗り越えた夫妻にとって、その誕生は何にも代えがたい祝福だった。――だが、神の悪戯か、生まれたのは一人娘ではなかった。
「マルティナ……本当にありがとう。なんて愛らしい娘たちなんだ……!」
「ええ、あなた……。これで、ヴァルツァー侯爵様への御恩を、より確実な形でお返しできますね……」
ロベルトとマルティナは涙を浮かべて我が子を抱き、真っ先にその吉報をヴァルツァー侯爵家へと届けた。
「おめでとうございます、伯爵。無事の出産、何よりだ。……しかし、まさか双子の令嬢だったとはね」
それが、報せを受け取ったアルベルト侯爵の第一声だった。
駆けつけたアルベルトと妻のセレナは、並んで眠る二人の赤ん坊を見つめ、医師らしい慣れた手つきで交互に抱き上げると、優しくあやして寝かしつけた。
セレナのドレスの裾をぎゅっと握りしめ、ずっと後ろに隠れていた幼い息子が、意を決したようにトコトコと歩み寄ってきた。そして、母の腕の中にいる赤ん坊を、物珍しそうな、きらきらとした瞳で見つめる。
その微笑ましい様子に、セレナの目元が優しく緩んだ。
「ふふ……。ねえ、この子たちのどちらが、将来あなたのお嫁さんになるのかしらね」
「まあ、お嫁さんだなんて……!」
マルティナは頬を赤らめながらも嬉しそうに身を乗り出し、抱いていた我が子を優しく揺らした。
「ほぉら、アリア、エリシア。未来のお婿さんですよ。可愛いお顔をよく見せてあげてね」
まだ何も知らない幼い息子は、不思議そうに首を傾げながら、すやすやと眠る双子の顔をじっと覗き込んでいる。傍らで笑顔をこぼし、愛おしそうに見つめるマルティナとセレナ。
その微笑ましい光景を横目に、父親二人は、部屋の隅で静かに言葉を交わしていた。
両家はすっかり打ち解けあい、お互いの名前を呼び合うほどの友好的な関係が築かれていた。
「まさか双子とは予想していなかった。……ロベルト、先の婚約の件だが、どうしたものだろうか」
「私も双子を目にしたときは、絵にも言えぬ幸せがあったのですが。……もちろん、アルベルト様がよろしければ、娘たち二人ともを婚約者候補として視野に入れていただいて差し支えありません」
ロベルトの言葉に、アルベルトは微かに眉をひそめて切り出した。
「だが……我が息子と婚姻が結べるのは一人だけだ。二人を縛り続けるのも、残りの片方はご縁が遠くなってしまう。それでは親として悩ましいのではないかね?」
それは、アルベルトなりの純粋な気遣いだった。だが、恩返しに盲目になっているロベルトの背中に、冷たい汗が流れた。
「いえ、そんなことは決して……!」
(悩ましい? まさか……縁談を白紙に戻す口実を探されているのか……!?)
恩返しの機会を失うわけにはいかない。焦るロベルトを宥めるように、アルベルトは穏やかに微笑み、眠る子供たちへ視線を向けた。
「ロベルト、何も我が家との縁談にそこまでこだわることはない。貴族の婚姻には家柄も大切だが、何よりも優先すべきは娘たちの幸せだろう? 医療という人の命に関わる家系だからこそ、私は無理に我が家に嫁がせるようなことはしたくない。これから育っていく子供たちの『資質』や『向き不向き』、そして『本人たちの意思』を尊重しよう」
アルベルトは、自らが生み出してしまった婚約の約束が、幼い姉妹の負担にならないよう、逃げ道を用意するつもりで言葉を続けた。
「我が家から定期的に家庭教師を派遣しよう。私の専門である医術の基礎なども学ばせれば、どちらが我が家の家風に向いているか、その資質も自ずと見えてくるはずだ。その時になって、改めてこの縁談を進めるか、あるいは――白紙に戻すかを判断すればいい」
「……っ、はい。アルベルト様のご配慮に、深く感謝いたします」
ロベルトは頭を下げた。だが、その胸中に渦巻くのは、感謝ではなく「凄まじい強迫観念」だった。
(白紙になど、絶対にさせない。侯爵家が『資質』を求められるのなら……我が家から、侯爵夫人に相応しい完璧な『自慢の娘』を選別し、育て上げて見せるだけだ――!)
隣で話を聞いていたマルティナもまた、笑顔の裏でまったく同じ決意を固めていた。
(どちらか一方が、侯爵家に相応しい完璧な淑女になればいいのね……。絶対に、あの方々を失望させてはならないわ)
グレインフィール夫妻の胸に宿った、狂信的とも言える歪んだ執念など、アルベルト夫妻は知る由もなかった。
「この子たちが物心ついた頃、またお会いすることができるのですね。成長を楽しみにしています」
セレナが優しく微笑み、侯爵夫妻は満足そうに帰路についた。
こうして、その場ではどちらの娘が嫁ぐのかは決められず、将来の「資質」に委ねられることとなった。
――子どもたちの幸福を願って下された、アルベルトの慈悲深い提案。
しかしそれこそが、グレインフィール夫妻を「完璧な娘を厳選する」という狂気へ駆り立て、やがて生まれてくる双子の姉妹の運命を、あまりにも残酷に引き裂く引き金となることを、この時はまだ、誰も知る由がなかった。




