舞踏会の幻影、明確なる拒絶
きらびやかな高位令嬢たちの集まる華やかな輪をいくつか通り過ぎ、少し喧騒から離れた、テラスへと続く静かな通路のあたりに差し掛かった、その時――。
人混みの隙間から、一人の少女の姿が、鮮烈に僕の目に飛び込んできた。
眩いシャンデリアの光を浴びて、まるでそこだけ世界から切り取られたかのように佇む、可憐な後ろ姿。
そのアッシュブラウンの髪が視界に入った瞬間、僕の心臓が、トクンと大きな音を立てて激しく脈打ち始めた。
「――いた」
ついに、夢にまで見た僕の「婚約者」に会える。
爆発しそうな期待に突き動かされ、僕は人混みをかき分けるようにして歩みを早めた。……だが、その距離が近付くにつれて、僕の歓喜は急速に、冷ややかな不快感へと塗り替えられていった。
(……いや、違う。あれは、アリア嬢じゃない)
彼女だと思って目を凝らしたその少女は、僕の理想というフィルターを介さずとも、あまりに浅はかで、品性に欠けるオーラを全身から放っていた。近づけば近づくほど、彼女の纏う「偽物」の気配が、僕の優れたプロファイリング能力によって暴かれていく。
「ええ、そうですわ! 私こそがグレインフィール家が誇る至高の才女、エリシア・グレインフィールですの」
彼女はすでに、数人のいかにも軽薄そうな他領の令息たちに囲まれていた。
僕の足は、完全にその場に凍りついてしまった。
扇子をパタパタと品なく仰ぎながら響く、彼女の甲高すぎる笑い声が頭に突き刺さり、あまりの不快さに耳を塞ぎたくなるような、浅薄な会話が聞こえてきたからだ。
「まぁ、皆様大変素敵な紳士ですのね。皆様とこうしてお会いできて、わたくし至福の喜びですわ」
口元を扇子で隠しながら、彼女はくすくすと、男たちを値踏みするように嬉しそうに笑う。
「本当ですか、エリシア嬢。僕も貴方の類稀なる才能は予々聞き及んでおりますよ。ここで出会えたのも何かの縁だ。今後もお近づきになりたいものですな」
「もちろんですわ。私、殿方とこうして楽しくお話しするの、だぁい好きですもの」
彼女はわざとらしく小首を傾げて媚びるように微笑むと、あろうことか、初対面であるはずの男の袖に、そっと馴れ馴れしく指先を添えたのだ。
相手の令息は、待ってましたとばかりに彼女の手を取り、衆人環視の中で躊躇いもなく手の甲へ口づけた。それを見て、周囲の取り巻きからドッと下品な笑い声が漏れる。さらに、ひそひそと周囲の貴族たちから、下世話な囁きが重なっていった。
その光景を冷ややかに見つめながら、僕の胸を満たしたのは、もはや失望を通り越した圧倒的な「嫌悪」だった。
僕という公認の婚約者候補がいながら、社交界の初舞台で、これほど早く他の男たちを侍らせて悦に浸っている。しかも、自分が騙し取った「姉の手柄」を自分のものだと吹聴して回るその強欲さ。
(――珍獣め。この女とは、逆立ちしたって絶対に分かり合えないな)
僕の仮面の裏の瞳から、完全に光が消え失せる。
「うわぁ……。あれがレオンの探していたアリア嬢? ……おいおい、事前のお前のイメージと違いすぎて、ちょっとドン引きなんだが……」
傍らにいたキースすら、あまりの品性のなさに顔を引きつらせて絶句している。
「違う。あれは妹のエリシア嬢だ。僕の探している人とは、外側が似ているだけの、まったくもって違う人だ」
僕は低く、冷徹な声で吐き捨てた。
だが、心のどこかで深く安堵してもいた。これほど明確に彼女の本性を知ることができて、むしろ良かったのだ。アリア嬢の存在がなかったとしても、あのような軽薄な女を我が家に迎え、生涯を共にするなど、絶対に御免被る。
「あ、なんだ。そうなのか。……びっくりさせないでくれよ」
キースはホッと胸を撫で下ろしているが、僕は執務室での盗み聞きと言い、この社交界での醜態と言い、伯爵家のあまりの底浅さに眩暈を覚えそうだった。
(早く、この場を離れよう。僕の時間が汚される)
僕は彼女たちに一瞥も与えることなく、這うようにしてその場を離れた。
エリシアという偽物の存在を完全に脳内から排除したことで、僕の胸の中の「本物」への渇望は、より一層、狂おしいほどに研ぎ澄まされていく。
(アリア嬢……君はどこにいる。こんな下俗な連中の中に、君が埋もれているはずがないんだ――)
僕は焦燥感を募らせながら、再び広い会場の奥へと、僕の本当の半身を探して歩みを進めた。




