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運命だと思っていた相手は、妹の婚約者でした  作者: Aro Aiura


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32/57

停滞する時、親友の来訪と不穏な影

僕は医学の新刊を手にし、穴が開くほど読み耽っていた。

同じ机の上には、いつか父から渡された、グレインフィール伯爵家の双子の少女の絵姿ポートレートが無造作に放置されている。

ふと頁を繰る手を止め、久しぶりにその姿を眺めた。


自信満々に微笑むエリシア嬢に対して、もう一人の少女――アリア嬢は、子供とは思えないほど静かで、大人のように落ち着いた瞳をしていた。

最初にこの絵姿を見せられた時は、「このどちらかが、あの奇跡の薬草事業を成し遂げたグレインフィール家の才女なのか」と、まだ見ぬ彼女たちに胸を膨らませていたものだが、今はその姿を見ても心が動くことはない。あの酷い顔合わせ以来、僕の期待は完全に冷め切ってしまったからだ。


だが、あれから僕がどれほど他家との見合いを重ねても、誰もが医療の話に顔を青ざめさせて逃げ出していった。結果として、最高位の医師の家系である我が家に、未だに婚約者候補として名乗りを上げ続けているのは、とうとう彼女たち以外にいなくなってしまった。


「お父様が、羨ましいな……」


ぽつりと、誰に届くでもない虚しい呟きが溢れた。母のような唯一無二の理解者には、僕は一生出会えないのだろう。僕はその絵姿を乱暴に閉じ、逃げるようにまた分厚い医学書の世界へと没頭していった。



────→────



それから4年が経った、ある日のこと。

僕の元を、二人の友人が訪ねてきた。


「レオン、最近ちっとも顔を見せないから心配してさ。いや、僕も遠征があったりしたんだけど」


僕の私室の扉を開けるなり、親しげに声をかけてくれたのはノアだ。

後ろからは、キースも気遣わしげな表情で続いてくる。二人は父の医療活動や王宮の繋がりを通じて知り合った、僕の特殊な生い立ちや「神童」としての孤独を、本当の意味で理解し、尊重してくれている唯一の友人たちだった。


「レオンの家が、人一倍勉強を重ねなきゃいけない高潔な家柄だってことは分かっているよ。ただ、あんまり根を詰めすぎて倒れるんじゃないかって、ノアと話していたんだ」


「レオン」というのは、僕の愛称だ。

家族を除いては、世界中でこの二人だけにしか呼ぶことを許していない、特別な響き。


(……僕のことを、そんな風に気にかけてくれていたのか。悪いことをしたな)


誰も僕の専門的な話について来れず、置いてけぼりだと感じていた社交界。けれど、目の前の二人は僕という存在そのものをちゃんと見て、心配してくれていた。その事実が、凍えていた胸の奥をじんわりと融かしていく。


用意させた淹れたての紅茶を交わしながら、僕は少し気まずさを隠すように二人に微笑んだ。


「ごめん。心配をかけたね。最近はお見合いで疲れてしまって、他の社交に出る気力もなくて……」


二人が、お互いに顔を見合わせてホッとした表情を浮かべる。


「それに……キースが言ってくれた通り、僕は普段勉強ばかりしているだろう? だから、他のみんなが夜会で話すような流行りの話題に、どうしても入っていけなくて。どう反応したらいいのか、分からなかったんだ」


「なんだ、そんなことだったのか」


ノアが肩の力を抜き、何でもないことのように笑った。


「気にする必要なんて全くないさ! レオンは領民の命を救うための勉強で忙しいんだし、領地を空けることも多いんだから。話題が合わないなんて当然だよ」


「ありがとう……」


話を合わせようとすらしていなかった僕を、二人は優しく肯定して、こちら側へと歩み寄ってきてくれる。少しの申し訳なさを感じつつも、僕はこれほど温かい親友たちの存在に、心の底から感謝した。


「――そういえば、レオンから婚約者の話なんて聞いたことなかったな。それで、この4年で決まったのか?」


キースが、少し踏み込んだ質問をしてきた。

一つ上のキースの家は国内でも指折りの大資産家であり、その血筋ゆえに、彼は幼い頃からすでに正式な婚約者が決まっている。ノアがよく婚約者のことで悩んで相談を持ちかけると、キースはいつも的確なアドバイスをしていた。


「それが、両親が方々探してはくれたんだけど、これといってピンとくる人にまだ出会えなくてね。……結局、ずっと名乗りを上げ続けてくれている令嬢に決まりそうなんだ」


僕は親友に本音を吐露し、あの双子の令嬢の絵姿を取り出し、机の上にそっと広げて見せた。


「なんだ、かわいい子じゃないか! なんでそんなに落ち込んでいるんだい?」


キースが不思議そうに尋ねる。


「彼女は社交界で才女として称えられているグレインフィールの伯嬢令嬢なんだが……実際に対面してみたら、どうにもあの高名な論文の成果は、ただのまぐれだったみたいなんだ」


「論文がまぐれ? そんなことがあるのか?」


僕たちがそんな会話を交わしていると、それまで黙っていたノアが、突然その絵姿を奪い取るようにして、食い入るようにじっと見つめ始めた。


「リア、先生……っ!?」


「ど、どうしたんだノア?」


ノアの様子は明らかに動揺していた。いつも冷静な彼が、信じられないものを見たというように目を見開いている。


「僕、今、国境西側付近の警備兵団の担当をしているんだけど……その時、前線に帯同して負傷兵を治療してくれている、あの凄腕の女性医師にそっくりだ。いや……似ているなんてレベルじゃない。この落ち着いた目元、本人に間違いない。……やっぱり、彼女は貴族令嬢だったんだ……!」


「なんだって!?」

「それ、本当なのか、ノア?」


僕とキースは、その予想だにしない言葉に、弾かれたように身を乗り出した。

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