光の檻、仮面を纏った双子のデビュー
それから、私たちは15歳になり――ついに運命の、社交界デビューの日を迎えた。
王城の白磁の大広間は、文字通り目が眩むほどの眩い光に満ち溢れていた。
天井から吊るされた幾つもの巨大なクリスタル・シャンデリアが、夜空の星々を閉じ込めたように煌めき、上流階級の洗練された弦楽の調べと、シャンパングラスの触れ合う高らかな笑い声が幾重にも重なって、豪奢な空間を優雅に揺らしている。
「すごい……! すごいわ、お母様! これが本物の王城の夜会なのね! こんな素晴らしい場所でデビューできるなんて、まるで夢のようだわ!」
エリシアは我が世の春とばかりに、極彩色のきらびやかな最高級ドレスの裾を翻し、子供のように声を弾ませてはしゃぎ回っていた。
一方の私も、この日ばかりは「双子の統一感」を世間に見せつけるため、エリシアと色違いの、全く同じ意匠の新品のドレスを纏わされていた。
「こら、エリシア! 何をバタバタと落ち着きのない。王城の床をそんな品のない歩き方で進む令嬢がどこにいますか、マナーが全然なっていないじゃない!」
「いいじゃない、お母様。今日はおめでたい日なんだもの、少しぐらい大目に見てよ」
母・マルティナが眉をひそめて叱りつけても、エリシアはどこ吹く風で、すれ違う高位貴族たちの絢爛な装飾品に、貪欲で浅ましい視線を送り続けている。
(貴族社会に未練なんてなかったはずなのに……ここまで圧巻の華やかさとは……まるでお伽噺の世界みたいね……。なんて美しい場所なのかしら……)
そんなエリシアを余所に、大広間の圧倒的な気品と美しさを見上げた私の胸の奥は、わずかにきゅっと縮んでいた。
ここが、かつて本の中でしか知らなかった、本物の社交界。
5年間、平民の泥にまみれて生きてきた私の中に眠っていた、ごく普通の「15歳の乙女心」が、その眩しさにほんの少しだけ疼いたのを自覚する。
「アリア、貴方も田舎者みたいに呆然と突っ立っていないで、しゃんとしなさい」
すかさず飛んできた母の冷ややかな声に、私は胸の中の微かな灯火を即座に消し去り、仮面のような笑みを浮かべて小さく頭を下げた。
「――はい。申し訳ありません、伯爵夫人」
その他人行儀な響きに、マルティナは不快そうに眉を跳ね上げた。
「エリシア! お前もいい加減にはしゃぐのをやめないか、みっともない!」
そこへ、周囲の貴族たちへ必死に愛想笑いを振りまいていた父・ロベルトが、険しい顔で割り込んできた。
「この夜会のどこかに、我が家の命の恩人であり、今や国を揺るがす医療の最高峰、ヴァルツァー侯爵様もおいでなのだぞ。そんなはしたない姿を婚約者の前に晒して、完全に失望されたらお前はどう責任をとるつもりなのだ!」
父の容赦のない叱責に、ようやくエリシアは「はい、ごめんなさい」と口を尖らせて大人しくなった。
そして、ロベルトのどす黒い眼光が、今度は私を真っ向から射抜く。
「いいか、アリア! お前に課せられた役目は分かっているな。この5年間、お前が不甲斐なくも姿を隠していたせいで、ヴァルツァー侯爵家からは我が家の存続に関わるほどの不信感を抱かれているのだ。本日これより、侯爵夫妻の前に出た際には、完璧にエリシアの引き立て役に徹し、我が家の忠誠を示して不信感を完全に払拭しろ。これが、お前が我が家に尽くすべき最初で最後のミッションだ!」
「承知いたしました。……伯爵閣下」
「アリア……っ!侯爵様の前で、その他人行儀な呼び方もやめろ! お前までこの縁談を壊す気なのかっ!?許さんぞ!!」
ロベルトが忌々しげに吐き捨てる。
淡い色彩のドレスに、全く同じ細工の髪飾り。双子として寸分違わぬ装いをさせられているのは、両親の強い、そして醜い意向だった。
「我が家の誇る天才令嬢は、もちろんエリシアである」という構図を、アリアという無能な双子の姉を隣に並べることで、侯爵家に、そして世間に残酷なまでに誇示するためだ。
「さあ、行くわよ。エリシア、アリア、遅れるんじゃないわよ」
母の先導の元、私たちは残酷な役割をそれぞれ首からぶら下げたまま、華やかなパーティーの渦中へと一歩を踏み出した。
実の家族から、ただの「便利な道具」として光の中へ送り込まれる双子の姉妹。
人々の羨望の眼差しを受けながら、自信満々に胸を張るエリシアの隣で、私はドレスの裾を優雅に捌き、冷徹に周囲の動向を観察していた。
――けれど、この夜会が始まれば、その明暗はあまりにも残酷に、そして泥棒たちの予想を遥かに超えた形で分かれることとなる。
引き立て役に仕立て上げられた本物の天才が、この光の戦場でどのような奇跡を起こすのか、伯爵家はまだ何も知らなかった。




